構造的空隙Structural Holes
原典と照合済み本文の根拠にした文献は出典に記載(照合の手順)
一言で言うと互いにつながっていない集団の間の隙間(構造的空隙)をまたぐ位置にいる人は、多様な情報にいち早く触れ、それを集団の間で翻訳できるため、成果や良いアイデアにつながる優位を得るという理論。Burt が1992年の著書で体系化した。
目次
この理論で考えられる身近な疑問
中核的な問い
社会関係資本とは、社会構造の中での位置によって人が得る優位である。では、どのような位置が有利なのか。構造的空隙の理論は、密につながった集団の内側ではなく、集団と集団の間の隙間をまたぐ位置に注目する。Portes (1998) の整理によれば、Coleman や Loury が密なネットワークを社会関係資本が生まれる必要条件として重視したのに対し、Burt は逆に、つながりが相対的に欠けていることが個人の移動を助けると考えた。
主張とメカニズム
Burt (2004) の整理によれば、行動、意見、情報は、集団の内側では似通い、集団の間では異なる。人々は自分の集団の中の活動に注意を向けるため、集団の間の情報の流れには隙間が生じる。これが構造的空隙である。
Burt (2004) は、二人の人物を対比して説明している。一人は、互いに密につながった同じ集団の7人とつながっている。もう一人は、互いにつながっていない、別々の集団に属する7人とつながっている。前者は似た者どうしの仕事をまとめる位置にいるが、後者は人々の違いから利益を得る位置にいる。集団の間の空隙をまたぐ人は、多様な情報にいち早く、幅広く触れ、情報を集団の間で翻訳した経験を持つ。Burt はこれを、他の人には見えない選択肢を見せてくれる「ビジョンの優位」と呼び、仲介が社会関係資本になる仕組みだと論じた。
仲介が価値を生む方法には段階がある。Burt (2004) は、両側の集団に互いの関心や事情を伝えること、ある集団のうまいやり方を別の集団に移すこと、一見無関係な集団の間に類推を見出すこと、両方の要素を組み合わせて新しいものを生み出すこと、の四つを挙げている。
空隙をまたいでいる程度は、「ネットワーク制約」という指標で測られることが多い。相手どうしが直接よく話している(密なネットワーク)ほど、あるいは一人の中心的な相手を通じて情報を共有している(階層的なネットワーク)ほど、制約は高くなり、またいでいる空隙は少ないことを意味する。
身近な例
たとえば、同じ部署の同期3人とだけ親しい社員と、営業、開発、経理にそれぞれ一人ずつ知り合いがいる社員がいるとしよう。前者は、仲間内の話を早く知ることはできるが、聞く話は似たものになりやすい。後者は、営業で問題になっていることを開発に伝えたり、経理のやり方を営業に持ち込んだりできる。知り合いの数は同じでも、つながりの「形」が違うため、見えるものが違ってくる。
主要概念
- 構造的空隙(structural hole)
- 互いに直接つながっていない人や集団の間の、情報の流れの隙間。
- 仲介(brokerage)
- 構造的空隙をまたいで、異なる集団の間の情報や資源の流れを取り持つこと。
- ビジョンの優位(vision advantage)
- 集団をまたぐ人が、多様な情報にいち早く触れ、他の人には見えない選択肢に気づけること。Burt (2004) が、仲介が価値を生む仕組みとして示した。
- ネットワーク制約(network constraint)
- ある人の相手どうしが直接または間接に強く結びついている程度を表す指標。高いほど、またいでいる空隙が少ない。
代表的な展開研究
- Burt, R. S. (2004). Structural holes and good ideas. American Journal of Sociology. DOI ↗大手電子機器メーカーの管理職のデータで、空隙をまたぐ人ほど良いアイデアを出し評価されやすい一方、アイデアは身近な同僚とばかり話し合われていたことを示した。
- Obstfeld, D. (2005). Social networks, the tertius iungens orientation, and involvement in innovation. Administrative Science Quarterly. DOI ↗空隙を利用するのではなく、人どうしを結びつける志向(tertius iungens)に注目し、自動車メーカーの技術部門で、この志向と密なネットワーク、社内の事情についての幅広い知識が、イノベーションへの関与を予測することを示した。
- Fleming, L., Mingo, S., & Chen, D. (2007). Collaborative brokerage, generative creativity, and creative success. Administrative Science Quarterly. DOI ↗仲介の位置は新しい組み合わせを生むことには役立つ一方、その発明が他の人に使われることには必ずしもつながらないことを示した。
批判と境界条件
Burt (2004) 自身が、いくつかの注意を述べている。第一に、仲介と成果の関係は因果とはいえない。ネットワークはそれ自体が行為するのではなく、行為の文脈だからである。第二に、どこに空隙があり誰が仲介者かは、見る視点によって変わり、ほとんどどんな仕事にも見出せる。第三に、仲介がもたらす利益は望ましいものとは限らず、組織犯罪や不正の成功とも結びつくことが報告されている。
また、Burt (2004) 自身の調査では、空隙をまたぐ管理職ほど良いアイデアを出していた一方で、アイデアは身近な同僚とばかり話し合われ、組織の分断はむしろ維持されていた。良いアイデアを生む位置にいることと、それを組織に広めることは別の問題だといえる。
空隙が不利に働くという結果もある。Ahuja (2000) は、西欧・日本・米国の化学産業の大手97社について、企業間の技術提携とその後の特許を追跡し、空隙が多いことが、その後の特許の少なさと結びついていたことを見いだした (pp. 433–434, 443)。Ahuja は、つながりあった相手がもたらす信頼や、機会主義(相手を出し抜く行動)の抑制という利点が、情報の多様さを欠く不利を上回るようだと解釈し、空隙が有利か不利かは文脈によると述べた (p. 451)。Xiao & Tsui (2007) は、中国のハイテク企業4社の社員417人を調べ、空隙の多い社員ほど、同じ会社の同僚と比べて給与も賞与も低いことを見いだした (pp. 10, 12, 17)。この負の関係は、社員の参加や雇用保障などの人事施策で社員への関与を示す「高コミットメント」の組織文化をもつ会社で強く、そうした文化の弱い会社では有意でなかった (pp. 2, 18, 20)。
アイデアを実行に移し、広める段階では、閉じたネットワークのほうが有利だという研究もある。Obstfeld (2005, p. 101) は、空隙の周りにいる互いにつながっていない人々は関心も言葉も異なるため、新しいアイデアのための動員や調整が難しいと論じた。自動車メーカーの技術部門での調査では、ネットワークの密度が高い人ほどイノベーションに深く関わっていた一方、Burt の制約指標は10%水準でわずかに有意だっただけで (pp. 100, 118)、Obstfeld 自身も関与をほとんど予測できなかったと述べている (p. 123)。Fleming, Mingo & Chen (2007) は、米国の発明者35,400人の特許を分析し、協働の凝集の度合いが1標準偏差高いことは、特許分類の新しい組み合わせが14.8%少ないことと結びついていた一方 (pp. 453, 458)、そうした協働から生まれた組み合わせは、ほかの発明者に再び使われることが3.0%多かったと報告した (p. 462)。著者らは、仲介型の協働ではアイデアが仲介者のものとみなされ、共同発明者がその上に積み上げるのをためらうからだと論じている (p. 451)。
Kilduff & Brass (2010, pp. 329–330) は、Burt が当初示した冗長性の定義(二人の相手が同じ情報上の利点をもたらす程度)は、ネットワークによる説明というより文脈による説明で、相手についての情報がさらに要ると指摘した。互いにつながった信頼できる相手二人が、まったく別々の情報をもたらすこともありうるからである。ただし同論文 (pp. 331–332) によれば、Balkundi et al. (2009) の未刊行のメタ分析は、個人と企業のどちらの水準でも、成果とイノベーションのどちらについても、空隙をまたぐことが有利だったと示している。
研究上の位置づけ
出典
- 原典Burt, R. S. (1992). Structural Holes: The Social Structure of Competition. Harvard University Press.
- Burt (2004), American Journal of Sociology ↗
- Obstfeld (2005), Administrative Science Quarterly ↗
- Fleming, Mingo & Chen (2007), Administrative Science Quarterly ↗
- Portes (1998), Annual Review of Sociology ↗
- Ahuja (2000). Collaboration networks, structural holes, and innovation: A longitudinal study. Administrative Science Quarterly. ↗
- Xiao & Tsui (2007). When brokers may not work: The cultural contingency of social capital in Chinese high-tech firms. Administrative Science Quarterly. ↗
- Kilduff & Brass (2010). Organizational social network research: Core ideas and key debates. Academy of Management Annals. ↗
- Balkundi, Wang & Harrison (2009). Bridging the gap: Consequences of structural hole spanning at multiple levels. Working paper, SUNY Buffalo.
本ページは学習用の要約です。正確な引用や議論には原典を確認してください。