ソーシャル・キャピタルSocial Capital
原典と照合済み本文の根拠にした文献は出典に記載(照合の手順)
一言で言うと人や集団がもつ関係のネットワークと、そこから得られる資源を「ソーシャル・キャピタル」ととらえ、それが知識の結合と交換を促し、新しい知識を生み出すことで組織の優位につながるとする理論。
目次
この理論で考えられる身近な疑問
中核的な問い
取引費用の理論は、組織が存在する理由を、市場での取引にかかるコストや機会主義を抑えることに求めた。しかし組織には、知識を生み出し、共有するという積極的な強みもあるのではないか。その強みは、人と人の関係のどこから生まれるのか。
主張とメカニズム
Nahapiet & Ghoshal (1998) は、ソーシャル・キャピタルを「個人または社会的な単位がもつ関係のネットワークの中に埋め込まれ、それを通じて利用でき、そこから引き出される、現実の資源と潜在的な資源の総和」と定義した。そして三つの次元に分けた。構造的次元は、誰と誰がつながっているか、つながりの形はどうかである。関係的次元は、信頼、規範、義務と期待、一体感など、関係の質である。認知的次元は、共通の言葉や記号、共有された物語など、互いに意味を理解しあうための土台である。
著者たちは、新しい知識は主に、既存の知識を組み合わせること(結合)と、やりとりすること(交換)によって生まれると考えた。そのためには、相手に接触できること、やりとりに価値があると見込めること、やりとりする意欲があること、組み合わせる能力があること、という条件が要る。三つの次元のソーシャル・キャピタルは、これらの条件を整える。こうして、組織の知的資本(組織がもつ知識と知る能力)が生まれる。
さらに、組織の中では、長い時間をかけた付き合い、仕事上の相互依存、頻繁なやりとり、外から比較的閉じた関係が生まれやすい。これらはソーシャル・キャピタルを育てる。そのため組織は、一定の範囲内では、市場よりも知的資本を生み出し共有するのに向いている。著者たちは、ソーシャル・キャピタルと知的資本が互いに影響しあいながら発展すること(共進化)が、Ghoshal & Moran (1996) のいう「組織の優位」を支えると論じた。
身近な例
たとえば、ある会社の開発部門と営業部門を考えよう。二つの部門の担当者が日ごろから顔を合わせていれば(構造的次元)、顧客の声を開発に伝える経路がある。相手を信頼していれば(関係的次元)、まだ確かでない情報でも共有しやすい。さらに、両部門が同じ用語で製品の課題を語れれば(認知的次元)、営業の気づきと開発の技術を組み合わせて、新しい製品のアイデアにつなげやすい。どれか一つが欠けると、知識は部門の壁を越えにくい。
主要概念
- ソーシャル・キャピタル(social capital)
- 関係のネットワークに埋め込まれ、それを通じて利用できる、現実の資源と潜在的な資源の総和。
- 知的資本(intellectual capital)
- 組織や専門家集団などの集団がもつ、知識と知る能力。
- 構造的次元(structural dimension)
- 誰と誰がつながっているか、つながりがどのような形をしているかという、関係の全体的なパターン。
- 関係的次元(relational dimension)
- 信頼、規範、義務と期待、一体感など、長い付き合いを通じて築かれる関係の質。
- 認知的次元(cognitive dimension)
- 共通の言葉や記号、共有された物語など、互いの意味を理解しあうための共通の土台。
代表的な展開研究
- Tsai, W., & Ghoshal, S. (1998). Social capital and value creation: The role of intrafirm networks. Academy of Management Journal. DOI ↗一つの多国籍企業の事業部門間のネットワークを調べ、三つの次元のソーシャル・キャピタルが、部門間の資源の交換と結合を通じて価値の創造に関わることを実証的に検討した。
- Adler, P. S., & Kwon, S.-W. (2002). Social capital: Prospects for a new concept. Academy of Management Review. DOI ↗社会学、政治学、経済学、組織論にまたがるソーシャル・キャピタル研究を統合し、その源泉、便益、リスク、条件を整理する共通の枠組みを示した。
批判と境界条件
Portes (1998) は、ソーシャル・キャピタルの研究が肯定的な帰結を強く強調してきたと述べ、同じ仕組みが望ましくない帰結ももたらしうると指摘した(「負のソーシャル・キャピタル」の節)。彼は、最近の研究が明らかにした少なくとも四つの負の帰結として、外部の人の締め出し、集団の成員への過大な要求、個人の自由の制限、下向きの平準化規範を挙げている(同節)。成員に利益をもたらす強いつながりは、外部の人がその利益に近づくのを妨げることが多い(同節)。結束の強い共同体では、成功した起業家に親族が仕事や融資を求め続け、事業の拡大が抑えられることもある(同節)。逆境の共有で固まった集団では、個人の成功が結束を揺るがすため、成員を同じ境遇にとどめる規範が生まれるという(同節)。Nahapiet & Ghoshal (1998, p. 260) も、ソーシャル・キャピタルの高い組織は多様な情報に触れにくく、硬直しうると認める。
これに先立ち Portes & Sensenbrenner (1993, p. 1322) は、Coleman (1988) の分析が社会構造の力を肯定的な面からしか見ていないと批判していた。この見方は、社会構造が個人の目標の追求を助けるだけでなく制約もする、という洞察を犠牲にしているという (p. 1322)。彼らによれば、共同体の規範は、個人の行動と外の文化の受け入れを制約する (p. 1340)。移民の共同体の結束と信頼は独自の経済的機会を生むが、しばしば厳しい統制と外の世界との接触の制限という代価を伴う (p. 1340)。ただし著者たちは、こうした命題は仮説であり、さらに証拠で確かめる必要があると述べている (p. 1344)。
Portes (1998) はまた、この概念があまりに多くの出来事や文脈に当てはめられ、固有の意味を失いかけていると述べた(「序論」の節)。Coleman の定義はあいまいで、ソーシャル・キャピタルを生む仕組みと、それをもつことの帰結が、同じ語でくくられてしまったという(「定義」の節)。ソーシャル・キャピタルを、それによって得た資源と同じものとみなすと、同語反復に陥りやすい(同節)。それでも Portes は、源泉と効果を区別し、負の面にも同じだけ注意を払うなら、ソーシャル・キャピタルは理論と研究の中に位置を占めると結論している(「結論」の節)。
さらに Portes (1998) の整理によれば、Putnam (1993) などの政治学者は、ソーシャル・キャピタルを町や都市、国全体の「市民性」の水準と同じものとみなした(「共同体と国家の特徴としてのソーシャル・キャピタル」の節)。Portes は、この拡張には論理的な循環があると批判した(同節)。地域や国の性質としてのソーシャル・キャピタルは、経済発展などの良い結果を生むとされる一方で、その存在が同じ結果から推測されるからである(同節)。これを避けるには、概念の定義を効果から切り離すこと、ソーシャル・キャピタルが結果より先にあることを示すこと、他の要因を統制することなどが必要だという(同節)。一方で Portes は、Putnam がイタリアの北部と南部の比較で別の説明も検討している点は公平に認めている(同節)。また Portes は、大きな集団の構造的な性質として定義し直すこと自体に本質的な誤りはないとしつつ、それにはこれまで以上の注意と理論的な洗練が要ると述べている(同節)。
研究上の位置づけ
Social capital, intellectual capital, and the organizational advantage
出典
- 原典Nahapiet, J., & Ghoshal, S. (1998). Social capital, intellectual capital, and the organizational advantage. Academy of Management Review. DOI ↗
- Portes (1998). Social Capital: Its Origins and Applications in Modern Sociology. Annual Review of Sociology. ↗
- Portes & Sensenbrenner (1993). Embeddedness and immigration: Notes on the social determinants of economic action. American Journal of Sociology. ↗
- Coleman (1988). Social capital in the creation of human capital. American Journal of Sociology. ↗
- Putnam (1993). The prosperous community: Social capital and public life. The American Prospect.
- Ghoshal & Moran (1996). Bad for practice: A critique of the transaction cost theory. Academy of Management Review. ↗
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