知識創造理論(SECIモデル)Organizational Knowledge Creation (SECI Model)
原典と照合済み本文の根拠にした文献は出典に記載(照合の手順)
一言で言うと組織の新しい知識は、言葉にしにくい暗黙知と、言葉や数字で表せる形式知が、共同化・表出化・連結化・内面化の四つの過程を通じて変換され、個人から組織へと螺旋状に広がることで生まれる、とする理論。
目次
この理論で考えられる身近な疑問
中核的な問い
Nonaka & von Krogh (2009) によれば、組織的知識創造理論は、組織を情報を処理する仕組みとみる主流の組織論に代わるものとして構想された。March & Simon (1958) に代表される主流の組織論では、組織は階層、分業、ルールによって個人の限られた情報処理能力を補うものとされていた。しかし企業は、外から来た情報を処理するだけでなく、自ら新しい知識を生み出している。その過程はどのように進み、どうすれば促せるのか。
主張とメカニズム
Nonaka (1994) は、知識を暗黙知と形式知の二つの型に区別した。二つは互いに補い合い、相互作用を通じて広がっていくものとされる。のちに Nonaka & von Krogh (2009) は、二つを一つの連続体の上での区別として整理している。暗黙知は、経験や勘、身体で覚えた技のように言葉にしにくい知識である。形式知は、文書やマニュアル、数式のように言葉や記号で表せる知識である。新しい知識は、この二つが互いに変換されることで生まれる。
変換には四つの型がある。共同化(Socialization)は、共に働く経験を通じて暗黙知を暗黙知のまま伝えること。表出化(Externalization)は、暗黙知を比喩や類推を使って言葉にし、概念やモデルにしていくこと。連結化(Combination)は、形式知どうしを組み合わせて新しい体系をつくること。内面化(Internalization)は、形式知を実践して自分の身につけることである。頭文字から SECI モデルと呼ばれる。この循環が個人から集団、組織へと広がっていく様子を、知識の螺旋(スパイラル)と表した。
代表的な事例
Nonaka (1991) は、1985年に松下電器で進んでいた家庭用パン焼き機の開発を例に挙げている。開発チームは、機械で生地をうまくこねることができず、機械でこねた生地と職人がこねた生地のX線写真まで比べたが、手がかりを得られなかった。そこでソフトウェア開発者の Ikuko Tanaka が、大阪国際ホテルのパン職人のもとで修業し、職人に独特の生地の伸ばし方があることに気づいた。その後、エンジニアと1年かけて試行錯誤し、機械の内部に特別な突起(リブ)を付けるなどの製品仕様にまとめて、職人の技とパンの味を再現した。この製品は、発売1年目に新しい調理家電として記録的な売上を上げた。
Nonaka はこの過程を、職人の技をそばで学ぶ(共同化)、それをチームに伝えられる言葉にする(表出化)、チームで手順書や製品にまとめる(連結化)、製品づくりの経験を通じて自分たちのものにする(内面化)、という流れとして説明し、これが知識の螺旋の一例だとしている。
身近な例
職場で、先輩の仕事ぶりを横で見ながら覚えたこつ(共同化)を、自分の言葉で手順書にまとめる(表出化)。それをほかの資料と合わせてチームのマニュアルに組み込み(連結化)、読んだ後輩が実際に仕事をする中で身につける(内面化)。こうした流れが、SECI モデルの一巡にあたる。
主要概念
- 暗黙知(tacit knowledge)
- 経験や勘のように、言葉や数字で表しにくい個人的な知識。
- 形式知(explicit knowledge)
- 文書やデータのように、言葉や記号で表現し伝えられる知識。
- SECIモデル
- 共同化・表出化・連結化・内面化の四つの知識変換の型からなるモデル。
- 知識スパイラル(knowledge spiral)
- 知識の変換が繰り返され、個人から組織へと広がり深まっていく過程。
- 場(ba)
- 知識創造の土台となる共有の空間。Nonaka & Konno (1998) によれば、物理的な空間(オフィスなど)、仮想的な空間(電子メールなど)、心的な空間(共有された経験や考え、理想など)のいずれか、またはその組み合わせでありうる。
代表的な展開研究
- Nonaka, I. (1991). The knowledge-creating company. Harvard Business Review.原典に先立って、暗黙知と形式知の変換を企業の事例とともに示した論文。松下電器の家庭用パン焼き機の開発事例はここに載っている(Harvard Business Review 2007年7–8月号の再掲版で確認)。
- Nonaka, I., Toyama, R., & Konno, N. (2000). SECI, ba and leadership: A unified model of dynamic knowledge creation. Long Range Planning. DOI ↗知識が生まれる共有の文脈である「場」と、それを支えるリーダーシップをSECIモデルに統合した。
- Nonaka, I., & von Krogh, G. (2009). Perspective—Tacit knowledge and knowledge conversion: Controversy and advancement in organizational knowledge creation theory. Organization Science. DOI ↗暗黙知と知識変換をめぐる批判を六つの問いにまとめ、暗黙知と形式知を連続体とみる立場から応答した。
批判と境界条件
Nonaka & von Krogh (2009) は、組織的知識創造理論に向けられた批判を六つの問いにまとめ、それぞれに応答している。以下の批判は同論文の整理による。
批判の中心は「知識変換」という考え方である。Tsoukas (2003) らは、Polanyi にとって暗黙知と形式知は切り離せないものであり、この理論は Polanyi の議論から離れていると指摘した(p. 637)。Gourlay (2006) や Ribeiro & Collins (2007) はパン焼き機の事例を検討し、職人の暗黙知は機械に取り込まれたわけではなく、「変換」は起きていないと論じた(pp. 638–639)。さらに、暗黙知は社会的な実践の中で身につき、実践の中にあるので変換できない、という批判や、変換によって何が生まれるのかが特定されておらず、観察や測定が難しいという批判もある(p. 639)。
これに対し Nonaka & von Krogh は、暗黙知と形式知を別々の二種類ではなく一本の連続体の両端とみなした。身体に根ざした極の暗黙知は言葉にできないが、言葉にしていく過程で暗黙知の一部を表現できるようになる、と応じた(p. 642)。また、SECIモデルの四つの過程を質問紙で測定した研究を挙げ、実証的な裏づけもあるとした。ただし、そのうち最初の研究(日本企業の管理者105人への調査)では、表出化で対話やメタファーが重要だという原典の主張は支持されなかった(p. 643)。
研究上の位置づけ
A dynamic theory of organizational knowledge creation
出典
- 原典Nonaka, I. (1994). A dynamic theory of organizational knowledge creation. Organization Science. DOI ↗
- Nonaka & Konno (1998). The concept of "ba": Building a foundation for knowledge creation. California Management Review. ↗
- Tsoukas (2003). Do we really understand tacit knowledge? In M. Easterby-Smith & M. A. Lyles (Eds.), The Blackwell Handbook of Organizational Learning and Knowledge Management. Blackwell.
- Gourlay (2006). Conceptualizing knowledge creation: A critique of Nonaka’s theory. Journal of Management Studies. ↗
- Ribeiro & Collins (2007). The bread-making machine: Tacit knowledge and two types of action. Organization Studies. ↗
- March & Simon (1958). Organizations. Wiley.
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