実践共同体Communities of Practice
原典と照合済み本文の根拠にした文献は出典に記載(照合の手順)
一言で言うと学習は、頭の中に知識を取り込むことだけではなく、ある実践を共有する人々の集まりに加わり、周辺から次第に中心へと参加を深めていく過程だとする視点。
目次
この理論で考えられる身近な疑問
中核的な問い
学ぶとは、個人が頭の中に知識を蓄えることなのだろうか。Wenger (2000) によれば、会社が仕事の中身を決めていても、それを実際にこなすのに必要な力量は、同僚と日々やりとりするなかで決まっていく。学ぶとは、そもそも何をすることなのか。
主張とメカニズム
Roberts (2006) によれば、Lave & Wenger (1991) は、仕立屋や助産師など五つの徒弟制の事例をもとに、学習を「状況に埋め込まれたもの」として捉え直した。人は、共通の実践を営む人々の集まり、すなわち実践共同体に加わることで学ぶ。
Handley et al. (2006) の整理によれば、Lave & Wenger (1991) が描いた徒弟制では、新参者はまず共同体の周辺で参加し、ほかの実践者のやり方を身につけるにつれて参加の幅を広げ、やがて十全に参加する熟達者になる。Lave & Wenger は、この過程を正統的周辺参加と呼び、学習を特徴づけるものとした (Contu & Willmott, 2003)。Wenger (2000) によれば、伝統的な徒弟制の徒弟は、技能を学ぶだけでなく、職人や親方を観察し一緒に働くなかで自分の将来の可能性に触れ、時間の広がりをもったアイデンティティを育てていく。学習とアイデンティティの形成は切り離せない、というのがこの視点の要点である。
身近な例
アルバイトの新人は、最初は品出しや片付けを任され、先輩の接客を横で見ながら覚えていく。やがてレジや新人指導も担うようになり、「この店の人」としての自覚が生まれる。マニュアルだけでは伝わらない勘どころは、このような参加の過程で身につく。
主要概念
- 実践共同体(community of practice)
- 共通の実践を営む人々の集まり。Roberts (2006) によれば、Wenger (1998) は、相互の関わり、共同の事業、共有されたレパートリー(言葉、手順、道具、物語など)の三つが共同体をまとめるとした。
- 正統的周辺参加(legitimate peripheral participation)
- 新参者が、共同体の周辺での参加から始め、しだいに十全な参加へと移っていく過程。
- 状況的学習(situated learning)
- 学習は特定の社会的な状況や活動と切り離せない、とする考え方。
代表的な展開研究
- Brown, J. S., & Duguid, P. (1991). Organizational learning and communities-of-practice: Toward a unified view of working, learning, and innovation. Organization Science. DOI ↗マニュアル通りでない現場の実践に注目し、実践共同体を組織学習とイノベーションの源として位置づけた。
- Orlikowski, W. J. (2002). Knowing in practice: Enacting a collective capability in distributed organizing. Organization Science. DOI ↗知識を「持つもの」ではなく、日々の実践のなかで行われる「知ること」として捉え、分散した組織での能力を論じた。
批判と境界条件
Contu & Willmott (2003) は、Lave & Wenger (1991) の理論そのものは権力を脇に置いていない、と指摘する(p. 286)。ところが、助産師や仕立屋などの事例を描く段になると、共同体の成員の実践と、共同体の構造的な特徴とのつながりはほとんど掘り下げられていない(p. 286)。理論では権力や対立を重んじながら、例には合意と継続を前提にした事例を選んでいるという、理論と例の食い違いがあるという(p. 292)。また、「共同体」という言葉はまとまりと合意を前提にしがちで、内部の亀裂や危うい結びつきを覆い隠してしまうとした(p. 287)。
彼らによれば、この理論を広めた Brown & Duguid (1991) は、状況的学習を合意と安定をもたらす手段として広めた(p. 284)。こうして、分析のための概念だった正統的周辺参加は、組織を設計するための技術的な道具に作り替えられたという(p. 289)。Roberts (2006) も、Lave & Wenger (1991) の意味での実践共同体は経営者がつくれるものではないのに(p. 625)、のちの Wenger (2000) などは組織の設計者が操作できるものとして扱うようになったと指摘する(p. 630)。
Contu & Willmott は、実践共同体の代表例とされてきた Orr (1996) のコピー機修理技術者の研究も読み直し、情報が共有されるかどうかは自然に決まるものではなく、相手への信頼や雇用の安定に左右されると論じた(pp. 289, 293–294)。ただし著者ら自身、Orr の一次資料には当たらず、公刊された記述を読み替えたものだと断っている(p. 295, 注)。
Handley et al. (2006) によれば、Lave & Wenger (1991) は、正統的周辺参加がいずれ十全な社会化に行き着くかのように描いていた(p. 643)。しかし、誰もが十全な参加を目指し、実現できるわけではない(p. 644)。また人は複数の共同体に属するので、共同体ごとに振る舞いを切り替えるという Wenger (1998) の見方とは違って、本人の中に緊張が生じうる(pp. 647, 650)。一方で Handley et al. の整理によれば、Wenger (1998) 自身も、周辺にとどめられる「周縁的」な参加の形があることや、共同体の中の対立の可能性を認めている(pp. 644, 646)。さらに、ある人がいつ「参加」しているのかを見分けにくいため、何を実践共同体とみなすかという境界もあいまいだという(p. 649)。Roberts (2006, p. 637) も、実践共同体はいつも適切な知識管理の道具とは限らないと結論づけている。
研究上の位置づけ
Situated learning: Legitimate peripheral participation
出典
- 原典Lave, J., & Wenger, E. (1991). Situated learning: Legitimate peripheral participation. Cambridge University Press. DOI ↗
- Contu & Willmott (2003). Re-embedding situatedness: The importance of power relations in learning theory. Organization Science. ↗
- Roberts (2006). Limits to communities of practice. Journal of Management Studies. ↗
- Handley, Sturdy, Fincham & Clark (2006). Within and beyond communities of practice: Making sense of learning through participation, identity and practice. Journal of Management Studies. ↗
- Orr (1996). Talking about machines: An ethnography of a modern job. ILR Press.
- Wenger (1998). Communities of practice: Learning, meaning, and identity. Cambridge University Press.
- Wenger (2000). Communities of practice and social learning systems. Organization. ↗
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