吸収能力Absorptive Capacity
原典と照合済み本文の根拠にした文献は出典に記載(照合の手順)
一言で言うと外部の新しい知識の価値に気づき、それを取り込み、自社の商業的な成果に結びつける能力は、それまでに蓄積してきた関連知識の水準に大きく左右される、とする理論。
目次
この理論で考えられる身近な疑問
中核的な問い
大学や他社の研究成果、業界の新技術など、外部には役に立つ知識が多くある。しかし、それを見つけて使いこなせる企業は限られる。外部知識を生かす力は、どこから来るのか。
主張とメカニズム
Cohen & Levinthal (1990) は、外部の新しい情報の価値を認識し、それを取り入れ、商業的な目的に応用する企業の能力を吸収能力と呼んだ。この能力は、関連する事前知識の蓄積に大きく左右される。人が新しいことを学ぶとき、すでに知っていることに結びつけて理解するのと同じである。
ここから重要な含意が出てくる。研究開発(R&D)には、新しいものを生み出すという役割に加えて、外部の知識を理解する力を育てるという役割がある。また、吸収能力は累積的に高まる。変化の速い分野でいったん吸収能力への投資をやめると、その分野の新しい動きに気づくことさえ難しくなり、その後に新しい情報を取り入れて生かせなくなるおそれがある。著者らはこれを「ロックアウト」と呼んだ。組織の吸収能力は、個人の能力の単純な合計ではなく、外部との窓口となる人材や、部門間で知識を伝える仕組みにも依存する。
身近な例
自社で基礎研究を続けている製薬会社は、大学の新しい発見の意味をすぐに理解し、共同研究や技術導入につなげられる。一方、研究をすべて外部に任せてきた企業は、同じ論文を読んでも、それが自社の事業にとって何を意味するのか判断しにくい。
主要概念
- 吸収能力(absorptive capacity)
- 外部の新しい情報の価値を認識し、それを取り入れ、商業的な目的に応用する企業の能力。
- 事前知識(prior related knowledge)
- 新しい知識を理解する土台となる、すでに持っている関連知識。
- ゲートキーパー(gatekeeper)
- 組織の外部の情報を把握し、社内に伝える橋渡し役の人。
- 累積性(cumulativeness)
- 過去の学習が次の学習を容易にし、能力が積み重なっていく性質。
代表的な展開研究
- Zahra, S. A., & George, G. (2002). Absorptive capacity: A review, reconceptualization, and extension. Academy of Management Review. DOI ↗吸収能力を、企業が知識を獲得・同化・変換・活用して動的な組織能力を生み出す、組織のルーティンとプロセスの集まりと定義し直した。動的能力とは、組織のプロセスに埋め込まれ、組織の変化と進化を可能にする能力である。獲得と同化を潜在的吸収能力、変換と活用を実現された吸収能力とし、両者は常に共存する吸収能力の二つの構成要素だとした。潜在的吸収能力に対する実現された吸収能力の比を「効率係数」と呼び、これが高い企業ほど業績を高めやすいとした。Lane et al. (2006) は、この比で吸収能力の管理を考えると、将来に備えるという吸収能力の役割を無視し、短期に偏ると批判している。
- Lane, P. J., Koka, B. R., & Pathak, S. (2006). The reification of absorptive capacity: A critical review and rejuvenation of the construct. Academy of Management Review. DOI ↗経営学の14誌に載った289本の論文を調べ、多くの研究が吸収能力を、前提を示さないまま使う「物象化」に陥っていると批判した。そのうえで吸収能力を、探索的学習・変換的学習・活用的学習という三つの連続した過程を通じて外部の知識を生かす能力として定義し直し、その先行要因と成果を含むモデルを示した。
批判と境界条件
Cohen & Levinthal (1990) 自身の議論には、吸収能力が働く範囲の限界が含まれている。学習は累積的で、学ぶ対象がすでに知っていることに関係するときに最もよく進むため、なじみのない領域では学習が難しく、専門性は少しずつしか変わらない (p. 131)。組織の全員が同じ専門的な言葉を共有すると、内部の意思疎通は効率的になるが、多様な外部の知識源を取り込めなくなるおそれがある (p. 133)。それが行きすぎると、外部の知識の取り込みを妨げる「NIH(not-invented-here)症候群」につながる (p. 133)。また、すでに行っている活動に習熟する「実行による学習」は、新しいものを学ぶのに欠かせない多様性を生まない (p. 134)。ただし著者らは、こうした NIH は後から見て病的に見えるだけで、企業が不合理に行動したとは限らないとも述べている (p. 137)。
実証面では、原典は吸収能力そのものを直接には測っていない。著者らは、学習の誘因に R&D 支出がどれだけ反応するかを、吸収能力が実証的に重要であることの手がかりとみなした (p. 138)。データの制約から、学習のしやすさが R&D 支出に与える直接の効果は観察できず (p. 143)、学習のしやすさは、基礎科学と応用科学のどちらが技術進歩により関係するかで産業を分けるダミー変数で代用された (p. 144)。スピルオーバーとともに R&D が増えるという二つの産業グループの結果も、モデルの直接の検証ではないとされる (p. 147)。Lane et al. (2006, p. 838) は、原典が吸収能力を学習の過程として論じながら、検証では、理論上その先行要因である R&D 支出と同一視していると指摘した。ただし、過程の概念を静的な指標で測るのは産業組織論の慣行に沿う、とも述べる (p. 838)。
原典の著者らは、残された課題も認めている。吸収能力は目に見えず、その便益も間接的なので、適切な投資水準に達しているとはほとんど確信できない (p. 149)。とくに、今の活動と関係のない知識を取り入れたいときは、吸収能力は副産物としては育たず、そのための努力が要るが、企業はそれを投資の選択肢として思いつきさえしないかもしれない (p. 150)。West et al. (2014, p. 808) の整理によれば、Laursen & Salter (2014) は、価値ある知識を取り込むのと同じ速さで漏らしてしまわないためには、専有可能性が吸収能力の重要な前提になると示唆した。
後続の研究について、Lane et al. (2006) は経営学の論文289本を調べ、多くの研究者が吸収能力を物象化している、つまり前提を示さないまま使っていると結論した (pp. 834–835)。78% の論文は、原典をほとんど論じずに引用するだけだった (p. 840)。実証研究の多くは R&D 集約度や特許で吸収能力を測ってきたが、著者らは、それで吸収能力を測ったと言えるのかを疑問視する (p. 854)。同じ指標を原因と結果の両方に使うトートロジーも見られるという (p. 854)。著者らは、関連する事前知識をもつことは吸収能力の必要条件だが十分条件ではないとし (p. 852)、R&D 以外の文脈での検証と縦断的な研究を求めた (p. 858)。
研究上の位置づけ
Absorptive capacity: A new perspective on learning and innovation
出典
- 原典Cohen, W. M., & Levinthal, D. A. (1990). Absorptive capacity: A new perspective on learning and innovation. Administrative Science Quarterly. DOI ↗
- West, Salter, Vanhaverbeke & Chesbrough (2014). Open innovation: The next decade. Research Policy, 43(5), 805-811. ↗
- Laursen & Salter (2014). The paradox of openness: Appropriability, external search and collaboration. Research Policy, 43(5), 867-878. ↗
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