企業の行動理論Behavioral Theory of the Firm
原典と照合済み本文の根拠にした文献は出典に記載(照合の手順)
一言で言うと企業を、利益を最大化する一枚岩の主体としてではなく、限られた合理性しか持たない人々が、目標に照らした満足化、身近な探索、決まったルールによって意思決定する連合体として描く理論である。Cyert & March (1963) が示し、Gavetti et al. (2012) がその前提とその後の展開を整理している。
目次
この理論で考えられる身近な疑問
中核的な問い
企業は、実際にはどのように価格や生産量を決め、資源を配分しているのか。Gavetti et al. (2012) の整理によれば、Cyert & March (1963) は、従来の企業理論が市場全体の価格と数量という集計的な結果を予測するためにつくられていると指摘した。そのため、とくに企業内部の資源配分や価格・生産量の決定過程については、答えられないし、答えるためにつくられてもいない問いが多い。
そこで Cyert & March は、企業という「ブラックボックス」を開け、個人や集団の過程から企業の行動を説明することを求めた。実際の意思決定の過程を見ることが、研究の基本的な約束とされた。Gavetti et al. (2012) は、この本を Simon (1947) の Administrative Behavior と March & Simon (1958) の Organizations に続く、「カーネギー学派」の三つ目の礎石と位置づけている。
主張とメカニズム
Gavetti et al. (2012) の整理によれば、出発点は限定合理性(bounded rationality)である。人は、選択の結果を完全に知り、予測することができない。Cyert & March (1963) は、合理的な主体のモデルを手直しするのではなく、実際の心理に合うモデルに置き換えようとした。その中心には三つの前提がある。第一に、人は最大化せず満足化する。満足できると見込んだ最初の選択肢を選ぶのである。何が満足かは希求水準(これなら満足という目標の水準)で決まり、希求水準は主に過去の業績に左右される。第二に、選択肢や情報は自然には手に入らず、探索しなければならない。第三に、不確実性が大きいときには、遠い将来を予測する代わりに、標準業務手続き(SOP)のような自動的なルールに頼る。
こうしたルールは、探索を「現在の症状の近く」と「現在の選択肢の近く」に絞る。原因は結果の近くに、新しい解決策は古い解決策の近くに見つかることになる。Gavetti et al. はこれを、選択とは過去に形づくられ現在において働く半自動的な過程であり、計算や遠い予測の出番はない、とまとめている。
この前提の上に、Cyert & March は四つの「関係概念」を置いた。コンフリクトの準解決、不確実性の回避、問題解決型探索、組織学習である。彼らは、業務の現場を除けば組織内に合意はなく、対立を「解決」する手続きも目標を一つの尺度にそろえはしない、と明言した。Gavetti et al. によれば、企業を政治的な連合とみるこの見方は、Pfeffer & Salancik (1978) の資源依存理論や Hambrick & Mason (1984) のアッパー・エシュロン理論にも影響を与えた。
理論の要は、業績が希求水準を下回ると解決策の探索が始まり、同時に希求水準も実際の業績の方へ調整されるというモデルである。業績の低い組織ほど、より努力し、より期待を下げるのである。さらに、探索は数量で測れる目標や、特定の部署の行動に直接結びつく目標によって起こりやすいとされた。Cyert & March は、価格と生産量の決定をシミュレーション・モデルにし、現場の実際の決定に照らして調整した。
身近な例
たとえば、ある町のパン店が、これまでの売上をもとに月ごとの売上目標を立てているとしよう。目標に届いているうちは、店主は仕込みの手順も品ぞろえも変えない。
ある月、売上が目標を下回った。店主は経営を一から見直すのではなく、まず売れ残りが目立つ商品や、客足が落ちた時間帯といった「症状」の近くを調べる。そして、焼く量を減らす、夕方に値引きするといった、これまでのやり方に近い手を試し、うまくいきそうな最初の案を採る。それでも売上が戻らなければ、目標そのものを少し下げるかもしれない。
また、店主は利益を、職人は品質を、アルバイトは働きやすさを重んじているとしよう。店はこれらの目標を一つにまとめるのではなく、その時々の妥協でやりくりしていく。
主要概念
- 満足化(satisficing)
- 最大化するのではなく、満足できると見込んだ最初の選択肢を選ぶこと。何が満足かは希求水準で決まり、希求水準は主に過去の業績の歴史に左右される。
- 問題解決型探索(problemistic search)
- 満足な結果が得られないことをきっかけに始まる探索。業績の不足を克服しようとして始まり、単純な因果モデルに導かれ、組織の経験や個人の目標によって偏る。
- コンフリクトの準解決(quasi-resolution of conflict)
- 異なる目標を、目標どうしの一時的な妥協としての連合によって扱う組織の傾向。目標が完全に一貫することは通常ないと想定される。
- 不確実性の回避(uncertainty avoidance)
- 予測をほとんど必要としない、フィードバックへの短期的な対応を重んじる決定ルールを選び、相互依存する相手との調整によって「交渉された環境」をつくろうとする傾向。
- 組織学習(organizational learning)
- 探索と変化の繰り返しの中で、改善をもたらしたと組織のメンバーが解釈した行動が強化され、目標、注意のルール、探索のルールが適応していくこと。
代表的な展開研究
- Gavetti, G., Greve, H. R., Levinthal, D. A., & Ocasio, W. (2012). The behavioral theory of the firm: Assessment and prospects. Academy of Management Annals. DOI ↗Cyert & March (1963) の前提と概念を整理したうえで、認知、業績フィードバック、政治、注意、学習、適応の各領域での研究の進展を評価し、今後の課題を示した。
批判と境界条件
Gavetti et al. (2012) は、いくつかの限界と未解決の問題を挙げている。第一に、業績が希求水準を下回ると変化が起こりやすいという基本命題には明確な証拠がある。一方、問題の近くを探索する、数量化できる目標や部署に結びつく目標が探索を起こしやすい、という追加の命題には主に間接的な証拠しかない。多くの研究が総資産利益率や売上高のような全社レベルの指標を使っており、トップの行動の予測には向いても、部署レベルの決定の予測には向かないからである。
第二に、遠い将来を予測したり、遠い行動の結果を先読みしたりすることは、この理論にはほとんど含まれていない。後ろ向きで漸進的な見方は組織変化の理解に役立つが、戦略を考えるには前向きの意思決定も取り込む必要がある、と彼らは論じる。Cyert & March 自身も、自分たちの期待の理論が個人の選択の心理学の最近の成果をすべて反映したものではないと認めていた(Gavetti et al. の引用による)。
第三に、理論の統合性の一部が失われた。期待、決定ルール、複数の目標は十分に発展せず、組織と市場の力の相互作用もあまり検討されていない。第四に、この理論は経営者主導の考え方が支配的だった時代のアメリカ企業を背景にしている。市場の論理や株主価値志向が強まった今、満足化のような前提は見直しが必要かもしれない。また、経済学者はこの考え方におおむね抵抗してきたとされる。業績と不正の関係では、希求水準を下回るときに違反が多いとする研究と、上回るときに多いとする研究があり、異なるレベルの目標どうしがどう結びつくかという問題が残っている。
研究上の位置づけ
出典
- 原典Cyert, R. M., & March, J. G. (1963). A Behavioral Theory of the Firm. Prentice-Hall.
- Gavetti, Greve, Levinthal & Ocasio (2012), Academy of Management Annals ↗
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