進化経済学(組織ルーティン)Evolutionary Theory of the Firm (Routines)
原典と照合済み本文の根拠にした文献は出典に記載(照合の手順)
一言で言うと企業は最適化の計算ではなく、過去に用いてきた「ルーティン」に従って行動するとみなし、その行動の連続性と市場での選択から、競争、技術変化、経済成長を動的な過程として説明しようとする理論である。Nelson & Winter (2002) が、1982年の著書以来の展開を整理している。
目次
この理論で考えられる身近な疑問
中核的な問い
Nelson & Winter (2002) によれば、Adam Smith 以来の経済学には三つの問いがあった。中央の権威なしに経済活動がどう調整されるのか。価格や投入・産出の組み合わせを何が決めるのか。そして、経済の進歩や発展はどのような過程で起こるのか。三つ目の問いは、理論を進化的な方向へと引っぱる。
ところが第二次世界大戦後、新古典派の理論は均衡の条件に集中し、数学的に定式化された。利潤の追求は、はっきり定まった選択肢の中での真の最適化と解釈されるようになった。企業がより利益の上がるやり方へ手探りで進んでいく、と考えることは正当とみなされなくなった。その結果、技術が変わり続ける産業での競争を、動的な過程として理論化することが難しくなった、と彼らは述べている。
主張とメカニズム
出発点は、「進化の過程を考えても、結局は新古典派と同じ結論になる」という見方への応答である。Nelson & Winter (2002) によれば、多くの新古典派経済学者は Friedman (1953) にならい、利潤最大化と合う行動をとる企業が生き残るのだから最大化を仮定すればよい、と考えてきた。これに対し彼らは、そうなるのは多様性、行動の連続性、利潤による成長、限定的な経路依存性という厳しい条件がそろう場合だけだと論じる。また、経済が予期しない変化を外から受け続けるなら、実質的な「長期」は存在しない。企業の行動は、いつも現在の環境に適応しきれていない状態にあることになる。
では、企業の行動を何が支えているのか。彼らは「有能さのパズル」を掲げる。現実の主体は、最適化理論が想定するほどの計算能力を持たない。それでも組織は非常に複雑な仕事をこなしている。答えは、状況によって求められるものが違うという点にある。練習で技能やルーティンを学べる場面では、明確な短期のフィードバックに導かれた学習が高い能力を生む。しかし、その学習は洗練された先読みや、新しい行動の即興にはあまり役立たない。
中心となるのがルーティンである。Nelson & Winter は、組織のルーティンを個人の技能に対応するものとして扱い、「遺伝子としてのルーティン」を合言葉とする。第一近似として、企業は過去に用いたルーティンに従って将来も行動すると考えるのである。ルーティンが続く理由の一つは、最近実践していないやり方を学び直すにはコストがかかることである。もう一つは、ルーティンが組織内の対立に対処するやり方を含んでおり、そこから外れると対立が激しくなりやすいことである。彼らが紹介する Cohen & Bacdayan (1994) の実験では、トランプを使う協力ゲームに慣れたチームに、赤と黒のカードの役割だけを入れ替えた課題を与えると、効率が当初およそ25%落ちた。
この枠組みは、技術革新が鍵となる競争の分析に使われてきた。1982年の著書のモデルでは、革新に成功した企業は大きくなり、研究開発をさらに増やす。技術の進歩が企業内で積み重なる「累積的」な体制では先頭企業が支配を続けやすい。一方、産業の外の科学から変化がくる「科学基盤型」の体制では、小さな企業が新しい可能性を先につかみ、追いつくことがある。
身近な例
たとえば、ある町の定食屋が、何年も同じ手順で昼の注文をさばいているとしよう。店主と二人の従業員は、声をかけ合わなくても誰がどの皿を用意するかを分かっており、混雑しても料理は早く出てくる。その手順の多くは書き出されておらず、本人たちも細かくは説明できない。
ある日、注文票の番号の振り方だけを入れ替えたとする。料理の中身は同じなのに、しばらくは取り違えが増え、提供が遅くなる。慣れたやり方から少し外れるだけで、効率は下がるのである。
また、同じような店が並ぶ通りでは、客をうまくさばける手順を持つ店が繁盛して席を増やし、そうでない店は客を失っていく。どの店も最適なやり方を計算して選んだわけではない。それでも市場は、実際に試されているやり方の中から選んでいく。
主要概念
- ルーティン(routines)
- 個人や組織の行動を方向づける、深く根づいた、当然視されたパターン。Nelson & Winter は、組織のルーティンを個人の技能に対応するものとして扱う。
- 行動の連続性(behavioral continuity)
- 企業の行動が、単なる偶然ではなく、体系的で持続的な原因から生じていること。行動そのもの、行動のルール、あるいはそれ以外のものの持続という形をとりうる。
- 有能さのパズル(competence puzzle)
- 同じ組織が、ある面では驚くほど有能でありながら、別の面では著しく合理性が「限られて」いるのはなぜか、という問い。
- 技能の記憶(skill memory)
- 練習によって獲得され、実行しようとすることで呼び起こされ、その具体的な中身を意識で取り出すことができない記憶。手続き記憶とも呼ばれる。
- 技術レジーム(technological regime)
- 関連する知識がどれだけ手に入り、どう進歩するかに影響する条件。Nelson & Winter は「科学基盤型」と「累積的」の対比から、この考え方が生まれたとしている。
代表的な展開研究
- Nelson, R. R., & Winter, S. G. (2002). Evolutionary theorizing in economics. Journal of Economic Perspectives. DOI ↗1982年の著書の著者自身が、進化的な理論と新古典派の違い、ルーティンと学習に基づく行動の基礎、シュンペーター的競争、技術と制度と経済成長、形式的なモデル化について、その後の研究の展開をまとめた。
批判と境界条件
Nelson & Winter (2002) 自身が、いくつかの課題を認めている。第一に、経営の考え方の習慣が戦略的な選択を方向づけるという洞察を、個々の事例を説明し予測できる理論の構造にする作業は、その大部分がまだ残っているという。第二に、技能を支える記憶のしくみが脳の中に別に存在することは、脳の研究によって確かめられている。しかし、戦略や経験則への長期的なコミットメントから生じる連続性が同じ源泉によるのか、技能の記憶と他の認知機能を結ぶ生理的なしくみがあるのかは分かっていない。第三に、多様性、行動の連続性、利潤による成長、経路依存性の四つは、この研究計画では仮定ではなく、調べるべき問いとされている。とくに行動の連続性は、細部が大いに重要だという。
また、彼らが結びつける産業のライフサイクル研究には、分析のレベルが産業、製品、技術の間で揺れることがあるという問題がある。その説明はどの産業にも当てはまるわけではなく、レーザーは典型的なパターンを示さない例として挙げられている。コンピュータ・シミュレーションについては、ある種の動的なシステムが特徴的な結果を生みうるという「存在証明」になる点は比較的議論が少ないとしつつ、その使い方と限界は、それだけで一つの論考に値する大きな問題だとしている。なお、多くの新古典派経済学者は、進化的な理論と新古典派の理論は結局同じことになると考えており、Nelson & Winter はこの見方に反論している。
著者ら以外の研究者による検討として、Becker (2004) は Nelson & Winter (1982) 以降のルーティン研究をレビューし、研究者がルーティンとは何か、それが組織にどんな効果をもつかについて同じ考えを共有してこなかったため、文献が曖昧さだらけになったと述べた (p. 643)。また、ルーティンを活動のパターンとみる用法と、「もし A ならば B をせよ」という経験則や標準作業手順のような認知的な規則性とみる用法に同じ語が使われていることが、大きな混乱の源だという (pp. 645–646)。Becker (2004, p. 664) によれば、進化経済学の理論の側では Hodgson (2003) や Hodgson & Knudsen (2003a) などが、行動パターンとして理解したルーティンは進化の枠組みに収まらないと論じている。ルーティンを遺伝子に見立てる計画の進み具合についても、Becker は進展が乏しいと見ている。ルーティンがどのように変異し、選択され、保持されるのかを実際に特定しようとする試みは驚くほど少なく (p. 662)、複製については研究があるものの、変異と選択の研究はずっと手薄だった (p. 663)。
Felin & Foss (2009) によれば、ルーティン研究は Simon や March らの初期の行動理論を源流に挙げながら、行動パターンの解釈を、個人から集合へ、意図的な要因から意図しない要因へ、観察できる次元から観察できない次元へと移してきた (p. 158)。Nelson & Winter (1982) 自体も、個人の技能と組織のルーティンを比喩でつなぐにとどまり、ルーティンと能力という集合レベルの鍵概念にはミクロ的基礎がないという (p. 161)。さらに、集合を主な分析レベルに置くと、個人は同質で説明に重要でないと暗黙に仮定することになる、と指摘する (p. 163)。また、過去の経験や上位のルーティンを起源とする説明は無限後退に陥るとして、ルーティンの起源を、活動に先立つ意図や期待、それに伴う選択に求めるよう論じた (p. 164)。
研究上の位置づけ
出典
- 原典Nelson, R. R., & Winter, S. G. (1982). An Evolutionary Theory of Economic Change. Belknap Press of Harvard University Press.
- Nelson & Winter (2002), Journal of Economic Perspectives ↗
- Becker (2004). Organizational routines: A review of the literature. Industrial and Corporate Change. ↗
- Hodgson (2003). The mystery of the routine: The Darwinian destiny of An Evolutionary Theory of Economic Change. Revue Économique.
- Hodgson & Knudsen (2003a). The firm as an interactor: Firms as vehicles for habits and routines. Journal of Evolutionary Economics(Becker 2004 の時点で刊行予定).
- Felin & Foss (2009). Organizational routines and capabilities: Historical drift and a course-correction toward microfoundations. Scandinavian Journal of Management. ↗
本ページは学習用の要約です。正確な引用や議論には原典を確認してください。