理論・視点

心理的契約Psychological Contract

別名心理契約

原典と照合済み本文の根拠にした文献は出典に記載(照合の手順)

一言で言うと

働く人は、組織との間で「自分がこう貢献すれば、組織はこう報いる約束をした」という個人的な信念を抱く。この信念が裏切られたと感じると、単なる期待外れよりも強い反応が起こる、とする理論。

目次
説明したい問い書面の契約には書かれていない「約束」を、働く人はどう理解し、それが破られたと感じたとき何が起こるのか。

この理論で考えられる身近な疑問

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中核的な問い

雇用契約書には、賃金などの報酬は書かれている。しかし「頑張れば昇進させてもらえる」「長く勤めれば雇用は守られる」といった理解の多くは、どこにも書かれていない。こうした書かれていない約束は誰のもので、破られたときどんな結果を生むのか。

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主張とメカニズム

Rousseau (1989) は、心理的契約を「ある個人と相手との間の、互いに見返りを与え合う交換の取り決めの条件について、その個人が抱く信念」と定義した。心理的契約は、一方が「将来の見返りが約束された」と信じ、自分はすでに貢献したので、相手には見返りを与える義務が生じた、と考えるときに生まれる。

この定義で大事なのは、心理的契約が個人の主観だという点である。組織の側が同じ理解をしているとは限らない。Rousseau によれば、組織は心理的契約が生まれる文脈を与えるが、それ自体が心理的契約を持つことはできない。Robinson & Rousseau (1994) によれば、契約についての信念は、採用の過程で示された明示の約束、過去のやりとりの型の解釈、ほかの従業員の経験を見て学ぶことなどから生まれる。Rousseau は、心理的契約を「暗黙の契約」とも区別した。暗黙の契約は、個人ではなく関係のレベルにあり、何が契約上の義務かについての一定の社会的な合意から生まれ、関係の外にいる観察者も読み取ることができる。

心理的契約の違反は、単に期待が満たされないことよりも強い反応を生む。約束に基づいて貢献したのに報いられないと、怒りや裏切られたという感情が生じうる。違反は、信頼や誠意といった、関係を生んだ要因を損なう。Rousseau は、違反は組織と個人の関係が傷ついたことを示し、傷ついた関係は簡単には元に戻らないと述べた。Robinson & Rousseau (1994) は、約束された見返りを当てにできなくなると、仕事に意欲を持つことも難しくなりうると論じた。

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身近な例

たとえば、ある社員が入社時の面接で「数年で海外勤務のチャンスがある」と聞き、そのつもりで努力を重ねてきたとしよう。会社が方針を変えて海外勤務の機会をなくせば、会社から見れば一つの経営判断にすぎない。しかし社員は「約束が破られた」と受け止め、給料が変わらなくても会社への信頼や意欲を失うかもしれない。

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主要概念

心理的契約(psychological contract)
個人と相手の間の、互いに見返りを与え合う交換の取り決めの条件について、その個人が抱く信念。
暗黙の契約(implied contract)
個人ではなく関係のレベルにある契約上の義務。何が義務かについての一定の社会的な合意から生まれ、関係の外にいる観察者も読み取ることができる。
契約違反(violation)
相手が約束された義務を果たさなかったと、個人が受け止めること。Morrison & Robinson (1997) は、実証研究で使われてきたこの定義は認知的なものだとして、この認知を「知覚された破棄(perceived breach)」と呼んだ。そして「違反」という語を、一定の条件のもとで破棄の認知に続きうる、失望、いら立ち、怒り、憤りといった感情的・情緒的な経験に限った。
約束(promise)
将来の行動を請け合うこと。Robinson & Rousseau (1994) によれば、約束だけでは契約にならず、何らかの対価(貢献)と引き換えにされた約束が契約をつくる。
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代表的な展開研究

  • Robinson, S. L., & Rousseau, D. M. (1994). Violating the psychological contract: Not the exception but the norm. Journal of Organizational Behavior. DOI ↗MBA修了者128人を、卒業時(採用の直後)と2年後の2回調べた。過半数(54.8%)が、雇用主に心理的契約を違反されたと答えた。違反は、信頼、満足、とどまる意図と負の相関を、実際の離職と正の相関を示した。
  • Morrison, E. W., & Robinson, S. L. (1997). When employees feel betrayed: A model of how psychological contract violation develops. Academy of Management Review. DOI ↗心理的契約の違反がどのように生じるかのモデルを示した。組織が自分の貢献に見合う形で義務を果たさなかったという認知(知覚された破棄)と、それに続きうる感情的・情緒的な経験(違反)を区別した。違反は、従業員が破棄とその状況に意味を与えようとする解釈の過程を経て生じるとした。
  • Zhao, H., Wayne, S. J., Glibkowski, B. C., & Bravo, J. (2007). The impact of psychological contract breach on work-related outcomes: A meta-analysis. Personnel Psychology. DOI ↗51件の研究をメタ分析した。破棄の知覚は、経営陣への不信(ρ = .65)、職務満足(ρ = −.54)、離職意図(ρ = .42)と強く関連していた。職務遂行(ρ = −.24)や組織市民行動(ρ = −.14)との負の関連はそれより小さく、実際の離職とは関連が見られなかった。破棄は感情的な反応を通じて態度や行動に影響する、というモデルを支持した。
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批判と境界条件

Rousseau (1989) 自身が、心理的契約と暗黙の契約の概念は、組織科学で20年以上使われてきたのに、定義があいまいで、ほとんど研究されていないと述べていた (p. 137)。また、心理的契約を公平理論とはっきり分けるのは適切でないとも述べた。関係の中で不公平が生じると、両者の区別がぼやけるからである (p. 127)。先行研究との違いもある。Rousseau (1989, p. 126) の整理によれば、Schein (1980) は、心理的契約を個人と組織の双方が結ぶものとした。これに対して Rousseau は、心理的契約を持つのは個人であり、組織は持たないとした (p. 126)。

Robinson & Rousseau (1994) は、MBA修了者128人を卒業時と2年後に調べ、過半数(54.8%)が心理的契約の違反を報告した (p. 245)。著者ら自身は、MBA修了者だけを調べたので、ほかの従業員に一般化するには注意が要ると述べた (p. 257)。違反の測定は単一項目で、定義の中心にある互恵性も測っていなかった (p. 257)。すでに辞めた32人は、思い出して答えるしかなかった (p. 257)。研究の設計上、因果の向きも確かめられない (p. 258)。それでも著者らは、MBA修了者に限らず多くの従業員が、違反の後に不満や不信、辞めたい気持ちを抱くだろうと見込んだ (p. 257)。

Zhao et al. (2007) のメタ分析では、破棄の知覚と実際の離職の間に関連が見られなかった (p. 662)。著者らは、実際に辞めることのコストが高いためかもしれないと述べた (p. 670)。ただし、この結論は5研究だけに基づくので、測定の時期や二値の測定の影響を調べる必要があるとした (p. 670)。また、研究によって破棄の測り方がまちまちである (p. 649)。全体として約束がどれだけ果たされたかを尋ねる尺度のほうが、内容の項目ごとの評価を平均する尺度より、多くの結果との関連が大きく出た (p. 667)。給与のような短期の金銭的なやりとり(取引的な内容)の破棄のほうが影響が大きいという予測に反し、職務満足、離職意図、組織市民行動では、長期の関係を保つやりとり(関係的な内容)の破棄のほうが影響が大きかった (p. 667)。

Zhao et al. (2007) は、一部の仮説は少数の研究でしか検証できず、研究の多くが結果を本人の自己報告で測っていることを限界に挙げた (p. 672)。著者らのモデルの検証でも、概念の間の因果関係は完全には扱えない (p. 672)。たとえば、否定的な感情の高まりのために破棄を多く知覚するという、逆向きの関係もありうる (p. 672)。Zhao らは、Rousseau & Tijoriwala (1998) を引いて、心理的契約の実証研究はまだ初期の段階にあると述べつつ、破棄が多くの結果に強く影響することは明らかだとした (p. 673)。

研究上の位置づけ

原典Rousseau, D. M. (1989)
Psychological and implied contracts in organizations
分類概念
分析単位個人 · 二者関係
理論系譜心理学
REFERENCES

出典

本ページは学習用の要約です。正確な引用や議論には原典を確認してください。