社会的交換理論Social Exchange Theory
原典と照合済み本文の根拠にした文献は出典に記載(照合の手順)
一言で言うと人間関係を、相手から返ってくる見返りに左右される行為のやりとりとして捉える理論。返す義務の中身が決まっていない社会的交換は、恩義や感謝、信頼の感覚を生み、時間をかけて互いに報われる関係をもたらすとされる。交換は権力の差も生むとされる。
目次
この理論で考えられる身近な疑問
中核的な問い
人は、給料や代金のように相手と条件を取り決めて取引するだけではない。手伝ったり、助言したり、便宜を図ったりもする。はっきりした約束がないのに、なぜ人はこうした行為を続け、関係は安定するのか。
主張とメカニズム
Cropanzano & Mitchell (2005) の整理によれば、社会的交換の理論にはさまざまな立場があるが、社会的交換が義務を生み出す一連の相互作用であることでは一致している。そうした相互作用は、Blau (1964) にならい、相手の行為に左右される相互依存的なものとみなされることが多い。同論文によれば、Blau (1964) は社会的交換を経済的交換と比べ、両者の最も重要な違いは、社会的交換では返す義務の中身が特定されていないことだとした。社会的交換での恩恵は将来に向けた漠然とした義務を生み、お返しの中身を交渉で決めることはできない、ともした。
同論文によれば、Blau (1964) は、社会的交換だけが個人的な恩義や感謝、信頼の気持ちを生みやすく、純粋な経済的交換そのものはそうではないとした。社会的交換には「他者を信頼すること」が含まれる、とも述べている。同論文の整理では、やりとりは、少なくとも一方が先に動き、相手がお返しをすると次のやりとりが始まる、という形で進み、それが自己強化的な循環を生みうる。同論文が紹介する実験研究では、互恵的なやりとりがうまくいった結果として、信頼が育った。
一方で、交換は権力の差も生む。Emerson (1976) によれば、権力は公正と並んで社会的交換理論の最も目立つ研究主題である。同論文は、個人がもつ権力ではなく、権力と依存の関係に目を向ける。同論文が引く経済学の定式化では、経済的な権力は、相手が自分にどれだけ依存し、自分が相手からどれだけ独立しているかにもとづく。Emerson は、権力が一方に偏った関係では、取引を重ねるうちに交換比率が強い側に有利に動き、それは権力が釣り合うか、弱い側が関係から離れざるをえない水準に達するまで続く、という仮説を示した。
Emerson (1976) によれば、Blau (1964) は多くの人々のあいだの交換を分析しようとしていたが、経済学から借りたものを含むその基本概念は、社会の状況を二者間の取引の集まりへと還元する方向に働きやすかった。一方で Blau は、心理学にとらわれると、社会的交換のうち、各人の行為を一つずつ説明しても見えてこない創発的な側面を見落としうると警告していた。
身近な例
たとえば、ある社員が忙しい同僚の資料づくりを手伝ったとしよう。そのとき「お返しに何をする」という取り決めはない。しかし同僚は恩義を感じ、後日、別の場面で手を貸す。こうしたやりとりが重なると、二人の間に信頼が育つ。反対に、いつも助けてもらうばかりの人は、相手に頼る度合いが大きくなり、相手との関係で弱い立場に置かれやすくなるかもしれない。
主要概念
- 社会的交換(social exchange)
- 相手から返ってくる見返りに左右される行為のやりとり。返す義務の中身は前もって特定されておらず、お返しの中身を交渉で決めることもできない。
- 経済的交換(economic exchange)
- 交換する中身と条件が前もって明確に取り決められたやりとり。
- 互恵性(reciprocity)
- 受けた恩恵に対して、同じ種類のお返しをすること。社会的交換の交換のルールのうち最もよく知られたもので、ほかのルールもある。
- 権力と依存(power-dependence)
- 権力を個人の属性ではなく二者の関係の性質として捉える見方。Emerson (1976) が引く定式化では、一方の権力は、相手がその人にどれだけ依存し、その人が相手からどれだけ独立しているかにもとづく。
代表的な展開研究
- Eisenberger, R., Huntington, R., Hutchison, S., & Sowa, D. (1986). Perceived organizational support. Journal of Applied Psychology. DOI ↗組織が自分の貢献をどの程度評価し、自分の幸福をどの程度気にかけているかについて従業員が抱く全般的な信念(知覚された組織的支援)を提示し、従業員の組織へのコミットメントは、組織の自分へのコミットメントの知覚に強く左右される、という社会的交換の見方を示した。私立高校の教員を対象とした研究では、知覚された組織的支援と欠勤回数の負の相関は、仕事の努力を物質的・象徴的な便益と交換することをよしとする考え方(交換イデオロギー)が強い教員で中程度にみられ、弱い教員ではほとんどなかった。著者らは、この考え方は、自分を助けてくれた人を助けるべきだとする互恵性の規範に由来するとした。
- Cropanzano, R., & Mitchell, M. S. (2005). Social exchange theory: An interdisciplinary review. Journal of Management. DOI ↗組織行動研究における社会的交換理論の使われ方を整理した。社会的交換を、義務を生み出す一連の相互作用と捉えたうえで、概念があいまいになった原因、交換の規範と交換のルール、交換される資源の性質、交換関係の四つの論点を検討した。
批判と境界条件
Cropanzano & Mitchell (2005, p. 875) は、社会的交換理論の問題は根本的なもので、中核となる考え方がまだ十分に言語化・統合されていないと指摘した。多くの検証は理論上重要な変数を抜かしており、あいまいな定式化は複数の解釈を許すため、検証しにくい (p. 875)。とくに組織研究のモデルは互恵性の原理に偏っており、利他主義や集団の利得といった互恵性以外の交換のルールは軽視されてきた (p. 880)。なお、完全な独立や完全な依存は社会的交換にあたらず、与えて返すという双方向のやりとり(相互依存)が社会的交換の定義上の特徴とされる (p. 876)。
交換される資源についても、同じ問題がある (p. 881)。社会的交換理論は、愛情、地位、情報、金銭、財、サービスの最大六種類の資源を想定するが、組織研究はその多くを十分に扱っていない (p. 881)。組織研究は、資源を経済的なものと社会情緒的なものの二つにまとめることが多い (p. 881)。しかし、その二つだけを比べる検証には限界があり、どの交換のルールがどの資源に当てはまるかも分かっていない (p. 881)。
さらに、交換(取引)と関係の区別があいまいである (p. 886)。組織研究は社会的交換関係を媒介変数として扱うことが多いが、Blau (1964) は社会的交換と経済的交換を、関係の種類ではなく取引の種類として扱っていたとみられる (p. 882)。Blau の記述では、関係が交換を左右するのか、交換が関係を生むのか、因果の向きもはっきりしない (p. 882)。これに対して著者らは、やりとりが続くと、過去の取引の結果が次の取引で交換される資源になりうると論じる (p. 889)。そのため関係は交換の結果でも資源でもありえ、二つの見方に必然的な矛盾はないとした (p. 890)。
研究上の位置づけ
出典
- 原典Blau, P. M. (1964). Exchange and power in social life. Wiley.
- Emerson (1976). Social exchange theory. Annual Review of Sociology. ↗
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