理論・視点

公平理論Equity Theory

一言で言うと

人は、自分が仕事に注ぎ込んだもの(投入)と受け取ったもの(成果)の釣り合いを、比較相手の投入と成果に照らして判断し、釣り合っていないと感じると緊張が生じて、それを解消しようと行動する、とする理論。報酬が少なすぎるときだけでなく、多すぎるときにも不公平は生じるとした。

説明したい問い人は、自分の報酬が公平かどうかをどのように判断し、不公平だと感じたときに何をするのか。

この理論で考えられる身近な疑問

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中核的な問い

Adams (1963) は、不公平が産業、労働組合、政府にとって広く関心事になっているのに、その心理的な基盤は十分に理解されていないと指摘した。従業員は、雇用主との交換が公平かどうかを、純粋に経済的な問題として受け止めているわけではない。そこには、経済を超えて働く相対的な正義の要素がある。人はどのようなときに交換を不公平だと感じ、その不公平をどのように解消しようとするのか。

Adams はこの理論を、Festinger の認知的不協和理論の特殊な場合として示した。主に賃金の不公平を例に説明したが、夫婦、チームメイト、教師と生徒など、何かを交換するあらゆる社会的な場面に当てはまるとした。

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主張とメカニズム

Adams (1963) は、雇用の交換で働き手が差し出すものを投入と呼んだ。学歴、知能、経験、訓練、技能、勤続年数、年齢、性別、社会的地位などに加え、「とりわけ重要なもの」として仕事に注ぐ努力が含まれる。これに対して、働き手が受け取る給与、仕事そのものに内在する報酬、福利厚生、地位や地位の象徴などを成果と呼んだ。投入も成果も本人が知覚したものであり、交換の相手の見方と一致するとは限らない。ある属性が投入になるのは、本人がそれを交換に関係すると考え、見返りを期待する場合である。本人だけが関係すると考えるとき、不公平の問題が生じる。

投入と成果の釣り合いが公平かどうかは、比較相手の投入と成果の関係に照らして判断される。比較相手になりうるのは、同僚、親族や近所の人、同じ職種の集団などで、Adams は多くの場合、何らかの点で自分と似た同僚が選ばれると仮定した。そのうえで Adams は、本人(Person)が知覚した自分の投入や成果が、比較相手(Other)について知覚した投入や成果と心理的に逆の関係にあるとき、本人にとって不公平が存在する、と定義した。比較相手は他人に限らず、以前の仕事に就いていたころの自分や、目指している将来の仕事に就いた自分であってもよい。

この定義から二つのことが導かれる。第一に、不公平は相対的に報酬が少なすぎるときだけでなく、多すぎるときにも生じる。ただし Adams は、不公平を感じ始める水準は過大報酬のほうが高いだろうと推測し、この点を直接に裏づける信頼できる証拠はないと述べた。第二に、問題になるのは投入や成果の絶対的な大きさではなく、比較相手との相対的な関係である。たとえば、本人も比較相手もよく働き、ともに給料が低ければ、不公平は生じない。

何が「釣り合っていない」と感じられるかは、歴史や文化によって決まる。Adams は、努力と報酬には正の相関があるべきだという信念が、米国では(弱まりつつあるかもしれないが)文化的な規範になっていると述べた。一方、当時の日本では給与が主に年齢、学歴、勤続年数、家族の人数で決まり、生産量にはほとんど左右されないとして、同じ仕事を同じ速さでしている働き手の給与が大きく異なることも珍しくないという Abegglen (1958) の観察を引いた。そのうえで、日本の働き手にも不公平はあるが、交換の条件が異なるので不公平の基準が異なると述べた。

不公平は本人に緊張を生み、それを減らそうとする動機づけの強さは不公平の大きさに比例する。Adams は、不公平を減らす手段として八つの方法を挙げた。自分の投入を増やす、自分の投入を減らす、自分の成果を増やす、自分の成果を減らす、職場を去る(退職、異動、欠勤)、自分の投入や成果の認識を心理的にゆがめる、比較相手の投入や成果を変えたり認識をゆがめたりする(相手を辞めさせることを含む)、そして比較相手を替える、である。どの方法がとられるかは、状況や当事者の性格によって変わる。努力は減らすことのできる主な投入なので、投入が多すぎることから生じる不公平では、生産性の低下が特に起こりやすいと Adams は予想した。

Adams は支持する証拠として、観察研究と実験を挙げた。スーパーマーケット8店舗を調べた Clark (1958) の研究では、レジ係と袋詰め係の組で、年齢や学歴などの投入が高い人が、自分より投入の低いレジ係の下で袋詰めに回されると、作業の速度を落とすことがあった。こうした組み合わせの不公平が多い店ほど運営コストが高く、集中的に調べた2店舗の間では約27%の差があった。Adams らの実験では、面接調査の仕事を時給で依頼した大学生のうち、自分には資格が足りないと思わせて過大に支払われていると感じさせた群が、そうでない群より1分あたり約42%多く面接をこなした。一方、出来高払いで過大報酬だと感じさせた群は、生産量が少なかった。

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身近な例

同じ部署で同じ仕事をしている二人がいるとしよう。Aさんは残業も多く、新しい仕組みづくりにも自分から手を挙げてきた。ところが査定の結果は同期のBさんと同じで、昇給額も同じだった。Aさんが引っかかっているのは、昇給額そのものより、Bさんと比べたときの釣り合いである。自分が注いできた努力は、会社には数えられていないように感じる。

その後、Aさんは新しい仕事に手を挙げるのをやめた。「Bさんは顧客対応が多いから、評価されやすいのだろう」と考えるようになり、他部署の同期と比べるようにもなった。それでも納得できず、転職サイトを眺め始めている。これは、投入と成果の釣り合いを比較相手と照らして判断し、その不公平を減らそうとする動きと見ることができる。

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主要概念

投入(inputs)
交換の中で本人が差し出していると知覚しているもの。学歴、経験、技能、勤続年数、仕事に注ぐ努力など。本人が交換に関係すると考え、見返りを期待するものが投入になる。
成果(outcomes)
交換の中で本人が受け取っていると知覚しているもの。給与、仕事そのものに内在する報酬、福利厚生、地位や地位の象徴など。
比較相手(Other)
本人が自分の投入と成果を比べる相手。同僚、親族、同じ職種の集団のほか、過去や将来の自分であってもよい。
不公平(inequity)
本人が知覚した自分の投入や成果が、比較相手について知覚した投入や成果と、心理的に逆の関係にある状態。報酬が少なすぎる場合にも、多すぎる場合にも生じる。
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代表的な展開研究

  • Colquitt, J. A., Conlon, D. E., Wesson, M. J., Porter, C. O. L. H., & Ng, K. Y. (2001). Justice at the millennium: A meta-analytic review of 25 years of organizational justice research. Journal of Applied Psychology. DOI ↗組織的公正の研究183件をメタ分析した。著者らによれば、分配的公正の研究の多くは Adams (1965) の研究から派生した。分配的公正(結果の分配の公正さ)の知覚は、結果への満足(r = .52)や職務満足(r = .46)とは強く関連していたが、業績との関連は弱かった(r = .13)。
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批判と境界条件

Adams (1963) 自身が、この理論を直接に支持する証拠は全体としてやや乏しいと認めていた。報告された実験はいずれも過大報酬の場合を操作したもので、過少報酬の不公平については、観察研究が示されているだけである。実験の規模も小さく、たとえば最初の実験の対象は1群11人の男子大学生だった。また、比較相手をどのように選ぶかは別の理論領域だとして扱わず、同僚が選ばれるという仮定にとどめていた。

Colquitt et al. (2001) によれば、Adams が扱ったのは、投入に応じて成果を分配する「衡平」の規則である。その後の研究では、平等や必要に応じた分配など別の分配規則も見いだされ、どの規則が重視されるかは、職場か家庭かといった文脈、集団の和か生産性かといった組織の目標、個人の動機によって変わることが示されている。

研究上の位置づけ

原典Adams, J. S. (1963)
Toward an understanding of inequity
分類Theory
地図の区画組織行動
分析単位個人 · 二者関係
理論系譜心理学 · 認知
REFERENCES

出典

  • 原典Adams, J. S. (1963). Toward an understanding of inequity. Journal of Abnormal and Social Psychology. DOI ↗

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