業績フィードバック理論Performance Feedback Theory
別名パフォーマンス・フィードバック理論
一言で言うと企業は業績を、自社の過去の業績や同業他社の業績から作る希求水準と比べて成功か失敗かを判断し、下回ると探索や変化に向かう、という考え方。ただし業績不振は硬直や生存への注意の移行も生むため、どんな条件で変化が起きるのかが中心的な論点になっている。
中核的な問い
「業績が悪ければ企業は変わる」という直感は、どこまで正しいのか。Greve (1998) によれば、組織学習の視点の中心には、組織は変化の確率を自らの経験に条件づけることで経験から学ぶ、という前提がある。そこから、組織の業績がさまざまな組織変化の起こりやすさをどう決めるかに関心が集まった。Greve は同時に、この研究を導く二つの洞察を挙げている。一つは、組織変化はリスクを伴うこと。もう一つは、組織は業績フィードバックの規則が示すとおりに変わるとは限らないことである。意思決定者は失敗しつつある行動に固執したり、惰性を許すように業績を解釈したりする。
Shinkle (2012) は、企業の戦略行動は希求水準と業績の差に導かれるとし、「希求水準はどう決まるか」「希求水準は戦略行動にどう影響するか」を二つの基礎的な問いに掲げた。この研究群には一つに定まった名称はない。Greve (1998) は「業績フィードバックへの反応の理論」や「希求水準学習理論」と呼んでいる。Posen et al. (2018) は、Simon、Cyert、March に根をもつ問題駆動型探索(problemistic search)の理論を、企業が業績フィードバックから学ぶ過程を描くものと位置づけている。
主張とメカニズム
Greve (1998) が先行研究から引く定義では、希求水準とは「意思決定者が満足できるとみなす最小の成果」であり、成功と失敗の境目である。限定合理的な意思決定者は、連続的な業績の値を「成功か失敗か」に置き換えて評価を単純にする。Shinkle (2012) の整理では、Cyert & March (1963) は希求水準を、過去の目標、自社の過去の業績、比較可能な他組織の過去の業績を重みづけて組み合わせたものとして定めた。後の二つがそれぞれ歴史的希求水準と社会的希求水準と呼ばれる。業績が希求水準を下回ると探索が始まって変化につながり、上回っていれば現状を維持し、希求水準を割り込みかねない行動を避ける(Shinkle, 2012; Posen et al., 2018)。
Shinkle (2012) は、希求水準・目標・参照点を、概念も実証も重なるとして「希求水準」という一つの傘の下にまとめた。そのうえで、行動理論、Ansoff の戦略経営の見方、戦略的参照点理論の三つの枠組みを比べている。行動理論は過去の経験から希求水準を決める後ろ向きの見方で、残りの二つは将来の期待から決める前向きの見方である。研究は希求水準を、目標とする水準、業績との差、達成へのコミットメント(強さ)の三つの形で扱ってきた。参照点も一つではなく、行動理論の研究者は倒産を意味する生存点と組織スラックを参照点として加え、希求水準を高めに置く「上方への努力」も第四の参照点として観察されてきた。
Greve (1998) は、この考え方を米国のラジオ局のフォーマット変更で検証した。フォーマットとは番組内容、話し方、番組とCMの配分などの組み合わせである。変更には人員の入れ替えや広告主との関係の悪化といったコストがあり、成果も不確かなので、リスクのある組織変化とみなせる。データは、聴取率調査のある160市場の局と、1984〜1992年のフォーマット変更である。業績は12歳以上の聴取シェアで、調査報告では各局の過去のシェアと市場の全局のシェアが一つの表に並ぶため、両方の比較がしやすい。社会的希求水準は同じ市場の全局の平均シェア、歴史的希求水準は自局のシェアの指数加重移動平均とし、希求水準の上と下で傾きが変わりうるスプライン関数で推定した。
結果は、どちらの希求水準でも、希求水準に対する業績が高いほど変更の確率が下がり、その下がり方は希求水準の上側で急になるというものだった。社会的希求水準では上側の傾きが −.207、下側が −.061 である。予測確率は、歴史的希求水準では .153 から .043 へ、社会的希求水準では .157 から .028 へ下がる。最もリスクの高い新しいフォーマットへの参入では、歴史的希求水準を下回るかぎり確率は高いまま平らで、上回ると急に下がった。データに最もよく合ったのは、現在の業績の重みが3割以下の、ゆっくり調整される希求水準だった。Greve は、下側の傾きが緩いことを、失敗しても変化の確率がゆっくりとしか上がらない惰性の一形態と解釈した。業績を統制しても、最近変更した局ほど再び変更する「勢い」の効果も残った。
ところが、業績不振は変化ではなく硬直を生むとする見方もある。Staw et al. (1981) は、個人・集団・組織の研究を集め、脅威(その主体に害をもたらしそうな環境上の出来事)が二つの効果をもつと論じた。注意の範囲が狭まり、情報の符号が単純になり、使う経路が減る情報処理の制約と、権限が上層に集まる統制の集中である。その結果、行動は多様さと柔軟さを失う。組織では、集権化・公式化・標準化という機械的な構造への移行と、コスト削減など効率への偏りが見られる。この硬直が有害かどうかは脅威の性質しだいで、因果関係が変わらない漸進的な変化なら以前の対応で足りるが、根本的な環境変化のもとでは悪循環になる。
March & Shapira (1992) は、脅威が大きいほどリスクをとるという報告と、危険は硬直と極端なリスク回避を生むという報告が矛盾していることを出発点にした。彼らは、経験に応じて変わる希求水準と、資源が尽きる固定された生存点という二つの参照点を置き、注意の焦点がどちらに向くかでリスクのとり方が変わるモデルを示した。生存点に注意を向けると生存が脅かされるほどリスクが減り、希求水準に注意を向けると逆に増える。注意が揺れ動くと、生存点の近くで小さなリスクと大きなリスクの間を行き来し、希求水準を下回る者も、死の危険に注目する群と、希求水準を安全に上回る機会に注目する群に分かれる。希求水準の調整の速さも効き、自分の経験に合わせる場合は調整が遅いほど、優れた他者の成果に合わせる場合は速いほど、大きなリスクがとられる。
Posen et al. (2018) によれば、March & Shapira (1987) は脅威硬直性の議論に依拠し、倒産のような深刻な脅威のもとでは注意が業績の希求水準から生存目標へ移り、探索の強度が下がると論じた。倒産に近い企業がリスクを減らそうとするという研究もあり、両者を調停するため、企業は状況に応じて希求水準と生存点の間で注意を切り替えるとする研究が進んでいる。Shinkle (2012) も、希求水準との差が大きいほど戦略的変化が大きいという一般的な傾向に対し、失敗に近い組織は(常にではないが)リスク回避的になり、業績が高い組織がかえってリスクをとる、という例外を挙げている。
身近な例
ある地方スーパーのチェーンで、二つの店の売上が本部の目標を下回った。A店は目標をわずかに下回っただけで、店長は近くの競合店と比べて惣菜が弱いと考え、夕方の品ぞろえを変える試みを始めた。B店は大型店の進出で売上が大きく落ち込み、閉店の話も出始めた。すると本部は、発注や値引きの判断を店長から取り上げ、経費削減の指示を次々に出した。売場の担当者が気づいた客層の変化は、報告されても検討されない。どちらも同じ「目標未達」だが、A店では目標との差に、B店では店の存続に注意が向いている。不足の大きさによって、探索が生まれるか硬直が生まれるかが分かれうるのである。
関連理論との違い
企業行動理論のページは、限定合理性、組織内の目標、探索などの全体像を扱う。このページは、その中の業績と希求水準の比較と、それへの反応に焦点を絞る。プロスペクト理論とは参照点という考えを共有しており、Shinkle (2012) によれば戦略的参照点理論はプロスペクト理論に基づいている。ただし Greve (1998) は、個人のリスク選好から組織の意思決定への集計は単純ではなく、成員ごとに希求水準や参照集団が異なりうると述べている。また Posen et al. (2018) は、業績不足に対して変化ではなく現行の行動への固執を予測する理論として、脅威硬直性とエスカレーション・オブ・コミットメントを問題駆動型探索と対置している。
主要概念
- 希求水準(aspiration level)
- 意思決定者が満足できるとみなす最小の成果で、成功と失敗の境目(Greve, 1998)。
- 歴史的希求水準(historical aspiration level)
- 自社の過去の業績から作る希求水準。Greve (1998) は自社の業績の指数加重移動平均で表した。
- 社会的希求水準(social aspiration level)
- 比較可能な他組織の業績から作る希求水準。Greve (1998) は同じ市場の全局の平均シェアを用いた。
- 問題駆動型探索(problemistic search)
- 業績が希求水準を下回ることで始まり、業績を希求水準以上に戻す選択肢が見つかると止まる探索(Posen et al., 2018)。
- 脅威硬直性(threat rigidity)
- 脅威のもとで情報処理が制約され、統制が上層に集中し、行動が柔軟さを失う傾向(Staw et al., 1981)。
- 生存点(survival point)
- 資源が尽きる固定された参照点。March & Shapira (1992) は、経験に応じて変わる希求水準と並ぶ第二の参照点とした。
- 注意の焦点(focus of attention)
- 希求水準と生存点のどちらに注意が向いているか。どちらに向くかでリスクのとり方が変わる(March & Shapira, 1992)。
代表的な展開研究
- Greve, H. R. (1998). Performance, aspirations, and risky organizational change. Administrative Science Quarterly. DOI ↗米国のラジオ局のフォーマット変更(160市場、1984〜1992年)を使い、社会的・歴史的希求水準に対する業績が高いほど変更の確率が下がり、その低下が希求水準の上側で急になることを示した。
- March, J. G., & Shapira, Z. (1992). Variable risk preferences and the focus of attention. Psychological Review. DOI ↗希求水準と生存点という二つの参照点と、注意の焦点の移動によってリスクテイキングの変動を説明するランダムウォーク・モデル。脅威とリスクをめぐる矛盾した観察の調停を試みた。
- Shinkle, G. A. (2012). Organizational aspirations, reference points, and goals: Building on the past and aiming for the future. Journal of Management. DOI ↗希求水準・参照点・目標を一つの傘にまとめ、行動理論、Ansoff の見方、戦略的参照点理論の三つの見方を比較したレビュー。実地測定の乏しさなど五つの空白を指摘した。
- Posen, H. E., Keil, T., Kim, S., & Meissner, F. D. (2018). Renewing research on problemistic search: A review and research agenda. Academy of Management Annals. DOI ↗問題駆動型探索の研究233本をレビューし、実証結果の不一致と探索のブラックボックス化など六つの問題を指摘して、認知と過程を重視する研究課題を示した。
批判と境界条件
Posen et al. (2018) は、業績不足が変化を生むという主張は自明視されているが、実証結果は意外なほど一貫しないと指摘した(p. 209)。この主張を直接検証した53本を集計すると、連続変数の分析では支持20、混合8、非有意5、逆方向3で、スプライン分析の希求水準以下の係数でも逆方向が16あった(pp. 215–216)。その一因として、ほとんどの研究は探索そのものを観察せず、推定した希求水準に対する業績と、買収など観察できる変化との相関を見るだけで、探索の開始・探索・帰結を一緒くたにしているという(pp. 217, 231)。研究開発費などの金額で探索の強さを測っても、問題がなくても続く制度化された探索と区別できない(p. 224)。彼らは六つの問題を挙げ、認知をより中心に置き、過程を追う研究を求めた(pp. 209–210, 232–233)。
Shinkle (2012) は、希求水準そのものの測定の乏しさを批判した。62本の実証研究のうち企業の希求水準を実地で測ったのは5本にすぎず(p. 417)、多くは業界の中央値などから希求水準を推定している(p. 424)。社会的比較の参照集団をどう定めるかは未解決で、調査や面接による実地研究を求めている(p. 441)。また50本が行動理論に依拠する一方、Ansoff の見方の実証はなく、三つの見方を比べる研究もない(pp. 417, 423)。
原典の著者たちも限界を認めている。Greve (1998) は、聴取率が外部で作られ解釈し直す余地の少ない「通信簿」だったことが明瞭な結果を助けたとし、業績指標が組織内部で作られる場合や、指標と変化の場所の対応があいまいな場合には、効果が内部政治に左右されたり弱まったりしうると述べた(pp. 81–82)。聴取率がきわめて低い局はデータから外れ、長く続く極端な低業績の影響は観察しにくい(p. 69)。March & Shapira (1992) は、モデルが様式化された表現で、資源制約や競争を直接は組み込んでおらず、規則を無条件に正当化することはできないとした(pp. 174, 180–182)。Staw et al. (1981) も、定義や操作化のずれのため結論は推測的であり、硬直がどの条件で機能的か逆機能的かを特定する研究が必要だとした(pp. 502, 520)。
研究上の位置づけ
出典
- 原典Cyert, R. M., & March, J. G. (1963). A behavioral theory of the firm. Prentice-Hall.
- Cyert, R. M., & March, J. G. (1963). A behavioral theory of the firm. Prentice-Hall.
- Greve, H. R. (1998). Performance, aspirations, and risky organizational change. Administrative Science Quarterly. ↗
- March, J. G., & Shapira, Z. (1992). Variable risk preferences and the focus of attention. Psychological Review. ↗
- Staw, B. M., Sandelands, L. E., & Dutton, J. E. (1981). Threat-rigidity effects in organizational behavior: A multilevel analysis. Administrative Science Quarterly. ↗
- Shinkle, G. A. (2012). Organizational aspirations, reference points, and goals: Building on the past and aiming for the future. Journal of Management. ↗
- Posen, H. E., Keil, T., Kim, S., & Meissner, F. D. (2018). Renewing research on problemistic search: A review and research agenda. Academy of Management Annals. ↗
- March, J. G., & Shapira, Z. (1987). Managerial perspectives on risk and risk taking. Management Science. ↗
本ページは学習用の要約です。正確な引用や議論には原典を確認してください。