コミットメントのエスカレーションEscalation of Commitment
別名エスカレーション・オブ・コミットメント
原典と照合済み本文の根拠にした文献は出典に記載(照合の手順)
一言で言うと自分で選んだ行動方針が悪い結果を生んでいるとき、人はその選択を正当化しようとして、かえってその方針にさらに資源を投じてしまう、とする理論。
目次
この理論で考えられる身近な疑問
中核的な問い
合理的に考えれば、悪い結果が出た計画は見直され、資源はもっと見込みのある用途に回されるはずである。ところが現実には、赤字の事業や遅れ続ける開発計画に、追加の資金や人が注ぎ込まれ続けることがある。人はなぜ、失敗しつつある方針に深入りしてしまうのか。
主張とメカニズム
Staw (1976) が扱ったのは、題名のとおり、自分で選んだ行動方針へのコミットメント(関与)が強まっていくことである。Sleesman et al. (2012) によれば、この研究以来「コミットメントのエスカレーション」と呼ばれてきたのは、かなり悪い知らせを受けても、損失を生んでいる行動方針への関与を続ける傾向である。直観的には、悪い結果を招いた決定は取り消され、行動は改められるはずである。Staw は、投資の意思決定の場面では、悪い結果がかえって資源の投入を増やさせることがあると考えた。
Sleesman et al. (2012) の整理によれば、最もよく調べられてきた要因は、Staw (1976) が取り上げた最初の決定への個人的な責任であり、その働きの説明に最もよく使われてきたのが自己正当化の理論である。自分の決定が悪い結果を招いたと認めることは、自分の判断が誤っていたと認めることになる。人はそれを避けたいので、最初の決定は正しかったと示そうとして、同じ方針にさらに資源を投じる。これは、人は自分の行動が合理的に見えるように保とうとする強い欲求をもつ、と考える自己正当化の理論にもとづく説明である。
Staw は、経営学を学ぶ学部生240人に、企業の財務担当副社長の役を演じさせる実験で、この考えを確かめた。参加者は、研究開発の資金を二つの事業部のどちらに配分するかを決め、その後の業績を知らされたうえで、追加の資金を配分した。その結果、最初の配分を自分で決め、しかもその事業部の業績が悪化した参加者は、同じ事業部に平均1307万ドルを回し、ほかの三つの条件のどれよりも多かった。最初の決定を別の財務担当者が行ったことにした条件では、業績の良し悪しによる配分額の差は有意でなかった。つまり、決定への個人的な責任が、失敗した方針への再投資を強めていた。
身近な例
たとえば、ある課長が、自分の強い推薦で新しい社内システムの導入を決めたとしよう。導入後、使い勝手が悪く、現場の作業はかえって遅くなった。それでも課長は「まだ慣れていないだけだ」と言い、追加の研修やカスタマイズに予算をつぎ込み続ける。一方、前任者が決めたシステムを引き継いだだけの別の課長は、同じ状況で早めに見直しを提案するかもしれない。この理論は、両者の違いを、最初の決定に対する個人的な責任の有無で説明する。
主要概念
- コミットメントのエスカレーション(escalation of commitment)
- 否定的な結果が出ているにもかかわらず、選んだ行動方針への関与や資源の投入を強めていくこと。
- 自己正当化(self-justification)
- 自分の過去の決定が正しかったと、自分や他人に示そうとすること。
- 個人的責任(personal responsibility)
- 最初の決定を自分自身が行ったかどうか。原典の実験で、決定の結果の良し悪しとともに操作された条件。
代表的な展開研究
- Staw, B. M. (1981). The escalation of commitment to a course of action. Academy of Management Review. DOI ↗1976年の実験以降の研究を整理し、エスカレーションを生む要因を一つのモデルにまとめた。以前の決定を正当化しようとする動機、社会や組織にある行動の一貫性を求める規範、将来の結果の見込み、将来の結果の価値の四つを挙げ、正当化の動機は、自分に対してだけでなく他人に対して有能さを示す必要からも生じるとした。
- Sleesman, D. J., Conlon, D. E., McNamara, G., & Miles, J. E. (2012). Cleaning up the big muddy: A meta-analytic review of the determinants of escalation of commitment. Academy of Management Journal. DOI ↗166の独立したサンプルを統合するメタ分析により、プロジェクト、心理、社会、構造の四つの側面からエスカレーションの決定要因を検討した。16の予測のうち14が支持された一方、サンクコストの効果は予想より弱かった。
批判と境界条件
原典の著者 Staw (1981, p. 579) 自身も、原典に続く実験を合わせて見ると、ひたすら自己正当化を続ける管理者の証拠は得られなかったと述べている。そのうえで、正当化の動機に、行動の一貫性を求める規範と、将来の結果の見込みと価値を加えたモデルを示した (pp. 581–582)。Sleesman et al. (2012, p. 542) の整理によれば、エスカレーションの研究は、自己正当化理論だけでなく、主観的期待効用理論、プロスペクト理論、目標の置き換え効果、自己呈示理論、エージェンシー理論という複数の理論的な見方に立ってきた。プロスペクト理論の見方では、決定が損失の文脈で捉えられると、人は損失を避けようとして、追加の支出という危険を好む行動をとる (p. 544)。Holmes et al. (2011, p. 1098) も、損失回避がエスカレーションを説明しうるとする。ただし、こうした偏りが損失回避の現れなのか、別の概念なのかを見分ける必要があるとも述べている。
Sleesman et al. (2012) は166の独立したサンプルを統合し (p. 549)、16の予測のうち14を支持した (p. 552)。最もよく調べられてきた最初の決定への個人的な責任は、エスカレーションと正の関係を示した(ρ = .258、54サンプル)(p. 551)。悪い状況を前向きな言い方で示すと、エスカレーションは弱まった(ρ = −.349)(p. 551)。著者らは、どの見方にもある程度の説明力があるとみる。例外は自己呈示理論で、それにもとづく三つの予測のうち支持されたのは一つだけだった (p. 555)。
Sleesman et al. (2012, p. 546) の整理によれば、Schulz-Hardt et al. (2009) は、責任の効果の正体は選んだ案への好みにすぎないのではないかと疑問を投げかけた。しかしメタ分析では、最初の決定を実際に自分で選んだ研究と、選んだと告げられただけの研究とで、責任の効果に差はなかった (p. 552)。著者らは、好みの効果は認められるものの、責任と自己正当化の効果を超えて説明する部分は大きくないかもしれないとする (p. 555)。一方で、サンクコストの効果は予想より弱かった (p. 557)。サンクコストとプロジェクトの完成度を連動させた研究では効果が大きかったが(ρ = .528)、連動させていない研究では95%信頼区間がゼロを含んだ (pp. 553, 556)。ただし、連動させた研究は五つしかなく、著者ら自身が慎重な解釈を求めている (p. 556)。
著者らは研究の偏りも指摘している (p. 557)。研究はプロジェクト要因と心理的要因に集中し、社会的要因と構造的要因の研究は少ない (p. 553)。構造的要因でメタ分析に含められたのは、エージェンシー問題だけだった (p. 545)。また、縦断研究や現場での研究はごく少なく、大半は一時点の実験室研究である (p. 557)。数量的でない研究や、効果量に換算できない研究は、分析に含められなかった (p. 557)。
研究上の位置づけ
出典
- 原典Staw, B. M. (1976). Knee-deep in the big muddy: A study of escalating commitment to a chosen course of action. Organizational Behavior and Human Performance. DOI ↗
- Holmes, Bromiley, Devers, Holcomb & McGuire (2011). Management theory applications of prospect theory: Accomplishments, challenges, and opportunities. Journal of Management. ↗
- Schulz-Hardt, Thurow-Kröning & Frey (2009). Preference-based escalation: A new interpretation for the responsibility effect in escalating commitment and entrapment. Organizational Behavior and Human Decision Processes. ↗
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