プロスペクト理論Prospect Theory
一言で言うと人はリスクのある選択をするとき、最終的な財産の大きさではなく、基準点からの利得と損失で結果を評価し、確率もそのままではなく歪めて重みづけする、とする理論。
この理論で考えられる身近な疑問
中核的な問い
経済学の標準的な理論である期待効用理論は、人は各結果の効用に確率を掛けて足し合わせ、その値が最も大きい選択肢を選ぶと考える。しかし実際の人の選択は、この理論からしばしば系統的に外れる。人はリスクのある選択を、どのような仕組みで評価しているのか。
主張とメカニズム
Kahneman & Tversky (1979) は、期待効用理論を批判し、「価値が最終的な資産ではなく利得と損失に対して与えられ、確率が決定の重みに置き換えられる」選択の理論を提案した。これがプロスペクト理論である。プロスペクト(見通し)とは、ある確率である結果が生じるような、くじのような選択肢のことを指す。
原典は、期待効用理論に合わない選択の傾向を実験で示した。確実な結果が、それに近いが不確実な結果よりも過大に重視される「確実性効果」。利得の場面ではリスクを避けるのに、同じ大きさの損失の場面ではリスクを好むようになる「反転効果」。選択肢に共通する部分を無視して違う部分だけに注目するため、同じ問題でも示し方によって選択が変わる「分離効果」である。
これを説明するため、理論は選択を二つの段階に分ける。まず編集段階で、人は選択肢を単純な形に整理し、結果を基準となる点(参照点)からの利得や損失として捉える。次に評価段階で、価値関数と決定の重みを使って選択肢を評価する。価値関数は、利得については凹型(増えるほど増え方が鈍る)、損失については凸型で、損失の側のほうが傾きが急である。つまり、同じ額でも損失は利得より大きく感じられる。この性質は後に「損失回避」と呼ばれるようになった。決定の重みは、小さな確率を過大に、中程度から大きな確率を過小に扱う傾向がある。
身近な例
たとえば、次の二つの問いを考えてみよう。一つ目は「確実に1万円もらう」か「50%の確率で2万円もらい、50%の確率で何ももらえない」かの選択。二つ目は「確実に1万円失う」か「50%の確率で2万円失い、50%の確率で何も失わない」かの選択である。この理論によれば、多くの人は一つ目では確実なほうを選び、二つ目では賭けのほうを選びやすい。期待値は同じでも、利得の場面か損失の場面かで、リスクへの態度が反転するのである。
主要概念
- 参照点(reference point)
- 結果を利得と損失に分ける基準。多くの場合は現在の状態だが、期待や示し方によって変わりうる。
- 価値関数(value function)
- 参照点からの利得や損失に主観的な価値を割り当てる関数。利得では凹型、損失では凸型で、損失側の傾きが急である。
- 決定の重み(decision weight)
- 選択の際に各結果に与えられる重み。客観的な確率とは一致しない。
- 損失回避(loss aversion)
- 同じ大きさなら、損失は利得よりも強く感じられるという性質。
- 反転効果(reflection effect)
- 利得の場面ではリスクを避け、損失の場面ではリスクを好むというように、リスクへの態度が逆転すること。
代表的な展開研究
- Tversky, A., & Kahneman, D. (1992). Advances in prospect theory: Cumulative representation of uncertainty. Journal of Risk and Uncertainty. DOI ↗累積プロスペクト理論を提案し、決定の重みを累積確率に対して定めることで、結果が多数ある選択肢にも適用でき、明らかに劣る選択肢を選ぶ問題も生じないようにした。
- Barberis, N. C. (2013). Thirty years of prospect theory in economics: A review and assessment. Journal of Economic Perspectives. DOI ↗金融、保険、労働供給などの経済学の分野への応用を整理し、応用を広げるうえでの難しさを論じた。
批判と境界条件
原典の著者自身が、理論の範囲に限界があることを認めている。原典の定式化は、主に結果が二つまでの単純な選択肢を対象としており、決定の重みの扱い方によっては、明らかに劣る選択肢が選ばれてしまうことがあった。この点は、後の Tversky & Kahneman (1992) の累積プロスペクト理論で改められた。また Barberis (2013) は、経済学への応用が進みにくい理由の一つとして、状況ごとに参照点をどう定めるべきかがはっきりしないことを挙げている。
研究上の位置づけ
出典
- 原典Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Prospect theory: An analysis of decision under risk. Econometrica. DOI ↗
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