エージェンシー理論Agency Theory
原典と照合済み本文の根拠にした文献は出典に記載(照合の手順)
一言で言うと仕事を任せる人(プリンシパル)と任される人(エージェント)の利害は一致するとは限らず、情報も偏っている。その結果生じるズレとコストを、監視や報酬の設計で抑えようとする理論。
目次
この理論で考えられる身近な疑問
中核的な問い
株主(所有者)は経営を経営者に任せている。しかし経営者は、株主の利益より自分の地位や報酬、楽な仕事を優先するかもしれない。この問題をどう理解し、どう抑えるのか。
主張とメカニズム
Jensen & Meckling (1976) は、企業を、個人どうしの契約関係の結節点(nexus)となる法的な擬制にすぎないと捉え、プリンシパルとエージェントの間に生じるコストを「エージェンシー・コスト」と呼んだ。それは、監視のコスト、エージェントが、プリンシパルに害を与える行動をとらないと自ら保証するためのコスト、それでも残る損失の三つからなる。
対策としては、経営者に株式を持たせて利害をそろえる、取締役会や監査で監視する、成果に連動した報酬を払う、などがある。Tosi et al. (2000) の整理によれば、プリンシパルがエージェントの努力を十分に観察できるなら、行動を監視する契約が最も効率的である。観察できず情報の偏りが大きいときは、成果に基づく契約で利害をそろえるしかない。ただしこれは、リスクを嫌うエージェントにリスクを負わせるため、「次善の策」とされる。Eisenhardt (1989) は、行動を観察できない場合のもう一つの手として、予算管理や報告の手続き、取締役会などの情報システムに投資し、エージェントの行動を把握することを挙げている。Jensen (1986) は、負債の利用も、経営者が自分の裁量で使える資金を減らすことで、エージェンシー・コストを抑えると論じた。
身近な例
ストックオプションや業績連動報酬は、経営者の利害を株主に近づけるための仕組みである。一方で、短期の株価を上げるために研究開発を削るといった、新たな歪みも生みうる。
主要概念
- プリンシパル/エージェント
- 仕事を、それに伴う意思決定の権限の一部とともに任せる側と、任される側。
- エージェンシー・コスト
- 利害の不一致から生じる監視・保証のコストと残余損失。
- 情報の非対称性
- 一方が他方より多くの情報を持っている状態。
- モラルハザード
- プリンシパルがエージェントの行動を確かめられないときに、エージェントが約束した努力を怠ること(手抜き)。
代表的な展開研究
- Fama, E. F., & Jensen, M. C. (1983). Separation of ownership and control. Journal of Law and Economics. DOI ↗所有と経営の分離がなぜ存続するのかを論じた。意思決定を、発案と実行からなる「意思決定の管理」と、承認と監視からなる「意思決定の統制」に分け、残余リスクを負う者(純キャッシュフローへの権利を持つ残余請求権者)が意思決定の管理を担わない組織では、意思決定の管理と統制も分けられると主張した。意思決定とリスク負担の分離が存続するのは、経営とリスク負担の専門化の利点に加え、この分離が生むエージェンシー問題を抑える共通の仕組み(意思決定の管理と統制の分離)があるためだという。
- Eisenhardt, K. M. (1989). Agency theory: An assessment and review. Academy of Management Review. DOI ↗経営学における理論の使い方を整理し、検証可能な命題を示した。
批判と境界条件
Tosi et al. (2000, p. 304) の整理によれば、エージェンシー理論は、経営者(エージェント)がリスクを嫌い、自己中心的で、株主(プリンシパル)と利害が異なりうると仮定する。Ghoshal (2005, p. 80) は、経営者を自分の利益にしか関心のない存在とみなすのは、そう仮定すれば数理的なモデルを当てはめられるからにすぎないと批判した。さらに、経営者は信頼できないという前提に立つ理論は、経営者を実際に信頼できない存在にしうるという (Ghoshal, 2005, p. 77; Osterloh & Frey, 2003 を引用)。
Ghoshal (2005, p. 80) は、株主の利益だけを最大化するという前提にも疑問を投げかけた。企業の価値は、従業員の人的資本と株主の資金を組み合わせて生まれるのに、なぜ分配では株主だけを優先するのか、という問いである。この理論は株主のほうが大きなリスクを負うとみなすが、実際には、多くの株主は、多くの従業員が転職するよりはるかに簡単に株を売れる。そのため Ghoshal は、従業員のほうが大きなリスクを負っていると反論した (p. 80)。代わりの見方として、顧客、従業員、株主などの利益に同時に目を配る考え方を挙げ、それはスチュワードシップ理論(Davis, Schoorman, & Donaldson, 1997)などで示されていると述べている (p. 81)。
実証面では、Dalton et al. (2003) が、持株と業績の関係を調べた229の研究をメタ分析した (p. 16)。経営者や取締役の持株でも、機関投資家や大株主の持株でも、業績との体系的な関係はほとんど見られず、エージェンシー理論を支持する証拠は乏しいと結論した (pp. 13, 19)。Tosi et al. (2000, p. 301) による CEO 報酬研究のメタ分析では、企業規模が総報酬のばらつきの40%以上を説明したのに対し、業績が説明するのは5%未満だった。
ただし、これで理論が否定されたとは限らない。Tosi et al. (2000, p. 331) は、研究で使われる公開データの業績指標は CEO の仕事ぶりのごく一部しかとらえておらず、関係が弱いのは業績をうまく測れていないからかもしれないと述べている。また Ghoshal (2005, p. 87) 自身も、支配的な理論に代わる理論を自分は示していないと認めている。
研究上の位置づけ
Theory of the firm: Managerial behavior, agency costs and ownership structure
出典
- 原典Jensen, M. C., & Meckling, W. H. (1976). Theory of the firm: Managerial behavior, agency costs and ownership structure. Journal of Financial Economics. DOI ↗
- Jensen (1986). Agency costs of free cash flow, corporate finance, and takeovers. American Economic Review. ↗
- Ghoshal (2005). Bad management theories are destroying good management practices. Academy of Management Learning & Education. ↗
- Dalton, Daily, Certo & Roengpitya (2003). Meta-analyses of financial performance and equity: Fusion or confusion? Academy of Management Journal. ↗
- Tosi, Werner, Katz & Gomez-Mejia (2000). How much does performance matter? A meta-analysis of CEO pay studies. Journal of Management. ↗
- Davis, Schoorman & Donaldson (1997). Toward a stewardship theory of management. Academy of Management Review. ↗
- Osterloh & Frey (2003). Corporate governance for crooks? The case for corporate virtue. Working paper, University of Zurich. ↗
本ページは学習用の要約です。正確な引用や議論には原典を確認してください。