理論・視点

人的資本理論Human Capital Theory

原典と照合済み本文の根拠にした文献は出典に記載(照合の手順)

一言で言うと

教育、職業訓練、健康などへの支出を、人に体化された資源を増やして将来の所得を高める「投資」としてとらえ、個人や企業がどれだけ投資するかを費用と収益の比較で説明する理論。

目次
説明したい問い人はなぜ、いまの所得をあきらめてまで教育や訓練を受け、企業は誰の訓練費用を負担するのか。

この理論で考えられる身近な疑問

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中核的な問い

大学に通えば、授業料がかかるだけでなく、その間に働いていれば得られたはずの所得も失う。それでも多くの人は進学し、企業は社員に研修を行う。人の知識や技能を、機械や工場と同じような「資本」として考えると、こうした行動はどう説明できるのか。

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主張とメカニズム

Becker (1962) は、人的資本への投資を「人に資源を埋め込むことで、将来の実質所得に影響を与える活動」と定義した。ここでいう実質所得には、金銭的な所得に加えて、心理的な所得(満足など)の金銭換算も含まれる。学校教育、職場での訓練、医療、ビタミンの摂取、経済についての情報の収集などがこれにあたる。人々は、投資の費用(授業料や、学んでいる間にあきらめた所得など)と、将来得られる収益とを比べて、どれだけ投資するかを決める。この枠組みにより、年齢とともに所得が上がること(その上がり方は技能の水準によって違う)や、若い人ほど多く投資すること(収益を回収できる期間が長いため)が説明される。この論文は、大学や高校の教育の金銭的な収益率を推定する研究の、理論の部分として書かれた。

経営学にとって特に重要なのは、職場での訓練を二つに分けた議論である。一般訓練は、訓練を行った企業だけでなく、他の多くの企業でも生産性を高める。そのため、競争的な労働市場では、訓練後の賃金も生産性と同じだけ上がり、訓練を行った企業は収益を得られない。したがって一般訓練の費用は、訓練期間中の低い賃金という形で、労働者自身が負担すると考えられる。一方、企業特殊訓練は、他の企業よりも、訓練を行った企業での生産性をより大きく高める。この場合、費用と収益は企業と労働者の間で分け合われ、双方に関係を続ける理由が生まれるため、離職や解雇が起こりにくくなる。

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身近な例

たとえば、ある会社が社員に二つの研修を用意したとしよう。一つは、どの会社でも使える表計算ソフトの研修で、もう一つは、その会社独自の社内システムの操作研修である。人的資本理論に従えば、前者を身につけた社員は他社でも評価されるため、会社は費用を出したがらず、社員が自己負担で学ぶことが多くなる。後者はその会社でしか役に立たないため、会社が費用を負担しやすく、身につけた社員は会社にとどまる理由も強くなる。

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主要概念

人的資本(human capital)
教育や訓練などを通じて人に体化された知識や技能であり、将来の所得や生産性を高めるもの。
一般訓練(general training)
訓練を行った企業だけでなく、他の多くの企業でも生産性を高める訓練。
企業特殊訓練(specific training)
他の企業よりも、訓練を行った企業での生産性をより大きく高める訓練。他社での生産性をまったく高めないものは、完全な企業特殊訓練と呼ばれる。
機会費用(opportunity cost)
ある選択をしたためにあきらめた、別の選択から得られたはずの利益。学んでいる間に得られなかった所得など。
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代表的な展開研究

  • Hatch, N. W., & Dyer, J. H. (2004). Human capital and learning as a source of sustainable competitive advantage. Strategic Management Journal. DOI ↗企業特殊的な人的資本とその学習が、他社に模倣されにくい競争優位の源泉になることを、半導体製造のデータで検討した。
  • Crook, T. R., Todd, S. Y., Combs, J. G., Woehr, D. J., & Ketchen, D. J., Jr. (2011). Does human capital matter? A meta-analysis of the relationship between human capital and firm performance. Journal of Applied Psychology. DOI ↗人的資本と企業業績の関係をメタ分析で検討し、両者が結びついていること、企業特殊的な人的資本でその関係がより強いことを示した。
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批判と境界条件

Spence (1973, pp. 356–357) は、雇い主は採用の時点で応募者の生産能力を知らず、学歴などの観察できる特徴から推し量るしかないと考えた。教育は本人が費用をかけて変えられる「シグナル」であり、その費用が能力の高い人ほど低いときに限って、応募者を見分ける手がかりになる (Spence, 1973, pp. 357–358)。Spence の数値例では、教育は本人の生産性を少しも高めないのに、高賃金の仕事への入場条件として働き、外から見ると生産的に見える (Spence, 1973, p. 364)。このとき個人にとっての収益と社会にとっての収益が食い違い、教育への過剰投資も起こりうる (Spence, 1973, p. 368)。ただし Spence (1973, p. 368) は、教育が厳密に非生産的である必要はないとも述べている。教育が費用に比べて生産的すぎると、誰もが多く投資するため、シグナルとしては働かなくなるという。

Becker (1962, p. 46) 自身も、能力の高い人ほど人的資本に多く投資するので、能力の効果と教育の効果を切り分けるのは難しいと論じている。大学卒と高校卒の所得の差は、大学の効果だけを測ったものではない。大学卒はもともと能力が高く、追加の教育がなくても多く稼いだはずだからである (Becker, 1962, p. 46)。

Weiss (1995, p. 134) は、シグナリングと、企業が学歴で応募者をふるい分けるスクリーニングをまとめて「ソーティング(選別)」と呼び、人的資本モデルを拡張したものと位置づけた。どちらのモデルも学校での学習を認めており、違いは、企業から見えない能力の差が学歴と相関することを認めるかどうかにある (Weiss, 1995, p. 136)。そのため、実証で二つの説明を見分けるのは難しい。学習と選別の重要性を比べる研究の多くは、強い追加の仮定を置かなければそれができない (Weiss, 1995, p. 143)。たとえば、賃金の式に IQ などを加えても学歴の係数があまり変わらないことは、能力の差が重要でない証拠と解釈されてきた。だがソーティング・モデルでも同じ結果が予測される (Weiss, 1995, pp. 135–136)。双子の研究や就学義務の法律を使った研究の結果も、ソーティングで説明できるという (Weiss, 1995, p. 144)。

Weiss (1995, p. 145) は、それまでに示した証拠はソーティングが学校選択で重要な役割を果たしていることを支持する、とまとめている。Weiss (1995, pp. 138–141) の整理によれば、Altonji (1995) などの研究では、高校で履修した科目やテストの点数は賃金をほとんど説明しない。高校での学習で説明できるのは、高校卒業に伴う所得の増加のうち多くても4分の1である。職場訓練の効果を学習と選別に分ける研究も、決め手を欠くという (Weiss, 1995, pp. 149–150)。一方で Weiss (1995, p. 146) は、識字率と経済成長の関係を、学習(少なくとも初等教育)と生産性が強く結びついていることの最も強い証拠とみなす。また、ソーティング・モデルは教育が生産性に影響しないという見方と誤って同一視されがちだが、教育への支出が多すぎるか少なすぎるかについては何も言わないという (Weiss, 1995, pp. 150–151)。

研究上の位置づけ

原典Becker, G. S. (1964)
Human capital: A theoretical and empirical analysis, with special reference to education
分類理論
分析単位個人 · 組織
理論系譜経済学
REFERENCES

出典

本ページは学習用の要約です。正確な引用や議論には原典を確認してください。