組織的刻印Organizational Imprinting
別名組織的インプリンティング、インプリンティング
一言で言うと組織や個人は、創業期や入社直後のような環境の影響を受けやすい短い時期に、その時の環境を映す特徴を身につけ、環境が大きく変わった後もそれを持ち続ける。刻印の議論は、どの時期のどんな条件が、どのレベルに、どんな特徴を残したのかを問う。
中核的な問い
同じ時代に生まれた組織どうしは、なぜ何十年たっても似た形をしているのか。Marquis & Tilcsik (2013) によれば、Stinchcombe (1965) はこの問いに「年齢と構造の相関の理論」として取り組み、ある時代につくれる組織の仕組みはその時代に利用できる社会的な技術に左右され、いったん制度化されると基本構造が比較的安定したまま残ると論じた。例として挙げられたのは産業の雇用のあり方で、農業は産業の成立期に支配的だった家族労働の自営農の形を保ち、20世紀への変わり目の経営者革命の後に生まれた産業の企業は、古い産業の企業より事務・管理の従業員の比率が高かった。Stinchcombe 自身は「刻印」という語を使っておらず、この語は後にその議論と結びつけられた。Marquis (2003) も、Stinchcombe が建設業の職人のネットワークを、人口の密集した都市で成立した時代の条件を保つ例として挙げていたと紹介している。
関心の中心は当初、産業のような組織の集まりだったが、その後の研究は個々の組織、組織の中の職務や能力やルーティン、そして個人のキャリアへと広がった(Marquis & Tilcsik, 2013)。広く使われるほど意味があいまいになるため、Marquis & Tilcsik (2013) は、刻印が「歴史が大事だ」という一般論を超えた固有の意味をもつことを示そうとした。
主張とメカニズム
Marquis & Tilcsik (2013) は刻印を、「短い感受性の期間に、焦点となる実体が環境の顕著な特徴を反映した特性を身につけ、その特性が、その後の時期に環境が大きく変わっても持続し続ける過程」と定義する。要素は三つある。時間的に限られた感受性の高い時期、その時期の環境の強い影響によって実体が当時の環境の要素を映すこと、そして環境が変わった後もその特性が持続することである。感受性の高い時期は「移行の時期」と捉えられ、組織の創業や個人のキャリアの開始が代表だが、株式公開や合併、経営陣の交代のような移行も候補になる。持続の理由として、Stinchcombe は、その形がまだ最も効率的であること、伝統化の力や既得権益やイデオロギーが構造を守ること、他の形より優れていなくても存続できる競争環境であることを挙げた(Marquis & Tilcsik, 2013 による)。その後の研究は、これを慣性と制度化として展開した。刻印が生じる筋道として、組織では起業家が資金や人材を集める過程で当時当然とされる形に設計を合わせ、個人では移行期の不安から同僚や指導者やリーダーを手がかりに、新しい振る舞いや考え方や規範を取り込む。
著者らは研究を整理するため、刻印を受ける実体を組織の集合体(産業や地域など)、組織、組織の構成要素(職務、部門、ルーティンなど)、個人の四つのレベルに、刻印の源泉を経済・技術的条件、制度的要因、特定の個人の三つに分けた表をつくった。集合体のレベルでは、創業期の条件が初期の参入者を縛り、後から来た組織が古い組織をまねることで刻印が保たれる。組織のレベルでは、創業者の考え方が、創業者が去った後まで雇用の仕組みなどに影響する。構成要素のレベルでは、ある役職を最初に務めた人の経歴がその役職の型となり、後任者の定着を左右する。個人のレベルでは、不況期にキャリアを始めた経営者ほど、後にCEOとして保守的な財務判断をする傾向が報告されている。
著者らは、持続は永久や不可逆とは違い、刻印は薄れることも、逆に強まることもあると強調する。移行のたびに新しい刻印が古いものの上に積み重なる層としての組織という見方も示した。また、刻印がどこから来たかと、いま役立つかは別の問題である。同じ刻印が、環境の変化に応じて適応的なまま残ることも、不適応になることも、別の目的に転用されることもある。さらに、他者が負う刻印を社会的に受け継ぐ二次的刻印の考え方を紹介している。
Marquis (2003) は、刻印の議論を組織から企業間ネットワークへ広げた。20世紀初頭に企業間の取締役ネットワークが成立したころ、最も重要な社会的な技術の条件は都市間移動の難しさだった。1986年と2000年の米国の51の大都市圏を分析すると、自動車や航空機の時代より前に成立していた地域ほど、取締役の兼任が地元企業どうしに集中していた。たとえば2000年のセントルイスとフェニックスは上場企業の数も人口も近いが、1910年の人口は大きく違い、地元どうしのつながりの割合は31%と13%だった。1964年のデータでも同じ傾向が確かめられた。2000年のネットワークの参加企業の4分の3は1973年以降に加わっており、移動の難しさが理由とは考えにくい。刻印を保つ仕組みとして、上流階級クラブや銀行などの地域の制度の効果は年によって一貫しなかったが、地元で正統とされる行動のひな型の効果は強く支持された。1987〜2000年に設立された企業は、地元の有力企業が地元志向であるほど地元とのつながりを結んでいた。
Tilcsik (2014) は、個人のレベルで刻印の効果を検証した。中欧の二つのITサービス企業(仮名 AlphaCo と BetaTech)の専門職131人を約15年にわたって追い、入社1年目の会社の資源の豊かさ(アソシエイト1人あたりの請求時間)と、その後の上司の評価や知識の貢献を比べた。入社1年目を刻印の時期とみなし、個人固定効果によって、同じ人の成果を適合する年と適合しない年で比べている。その結果、入社時に経験した豊かさといまの豊かさが近いほど成果が高く、食い違いは豊かさが上がる方向でも下がる方向でも成果を下げた。AlphaCo では、平均的な社員が6段階で4を超える評価を得る予測確率は約50.5%だが、入社時と現在の状況が同じなら60%近くに上がる。この関係は、入社前の職務経験が長いほど弱まり、最初に一緒に働いた先輩が自分と似た資源状況で入社していると強まる傾向があった。AlphaCo ではおおむね予測どおりで、BetaTech では向きは一致したが有意な係数は一部だった。
非常に豊かな年や非常に乏しい年に入社した人は、その後の平均評価が低かった。こうした年はめったに繰り返されず、入社時と似た状況に出会う機会が少ないためで、著者はこれを両極端の呪いと呼ぶ。この差は、入社時と現在の食い違いを統計的に考慮すると消えた。インタビューからは、豊かな時期に入った人は既存の解決策を素早く当てはめ、顧客とのやりとりを取引として割り切る傾向があり、乏しい時期に入った人は案件ごとに情報を集めて独自の解決策を探り、顧客との関係を重んじる傾向がうかがえた。どちらの傾向も、時期によって強みにも弱みにもなる。Tilcsik (2014) は、刻印の影響は持続するが、その向きは一定ではないと結論する。
身近な例
ファクスと電話で注文を受けていた時代に創業した中堅の卸売会社では、受注のたびに担当者が倉庫に電話で在庫を確かめ、上司の押印を経て出荷する手順が、受発注システムを入れた今も残っている。同じ地域で後から創業した同業者も、取引先に合わせてこの手順をまねてきた。創業期の技術の条件が仕事の組み立て方に刻まれ、後発の会社の模倣によって業界に残っていると見ることができる。
観光地の旅館で、予約が満杯だった年に入った仲居は、多くの客を手早くさばくやり方を身につけた。客の少なかった年に入った仲居は、一人ひとりの客と話し込むやり方を身につけた。どちらが評価されるかは、その後の年がどちらに近いかで変わる。入社したときの忙しさと今の忙しさが近いほど力を発揮しやすいという見方である。
関連理論との違い
Marquis & Tilcsik (2013) は、刻印を経路依存から三つの点で区別する。刻印が注目するのは偶然の出来事ではなく当時の顕著な環境条件であり、長い出来事の連鎖ではなく短い感受性の時期であり、ある型がしだいに支配的になることではなく、刻まれた特徴が安定して残ることである。Marquis (2003) も、経路依存の議論が持続一般に注目するのに対し、刻印の議論では成立時の社会的条件が形をどう決めたかが同じくらい重要だと述べる。
コーホート効果とも異なる。コーホート効果は同じ時期に生まれた集団の中の似かよいという「結果」であり、刻印は「過程」である。同じ時期に入った人でも、別の指導者や仕事に就けば異なる刻印を受けるので、刻印があってもコーホート効果が生じるとは限らない。Tilcsik (2014) は、刻印と環境の適合を人と環境の適合の一種と位置づけ、小さな初期差が時とともに拡大する累積的優位とは異なり、同じ初期条件がある時期にはプラスに、別の時期にはマイナスに働くと論じた。
主要概念
- 刻印(imprinting)
- Marquis & Tilcsik (2013) では、短い感受性の期間に、実体が環境の顕著な特徴を反映した特性を身につけ、その後に環境が大きく変わってもその特性が持続する過程。
- 感受性の高い時期(sensitive period)
- 実体が外部の影響をとくに受けやすい、時間的に限られた時期。Marquis & Tilcsik (2013) は移行の時期と捉え、創業やキャリアの開始のほか、株式公開や合併なども含めうるとする。
- 刻印のレベル(levels of imprinting)
- 刻印を受ける実体の区別。Marquis & Tilcsik (2013) は、組織の集合体、組織、組織の構成要素(職務、部門、ルーティンなど)、個人の四つを挙げる。
- 刻印の源泉(sources of imprints)
- 何が刻印を残すかの区別。Marquis & Tilcsik (2013) は、経済・技術的条件、制度的要因(規制的・規範的・文化認知的)、特定の個人の三つを挙げる。
- 二次的刻印(secondhand imprinting)
- 他者が負う刻印の一部を、その人との関わりや模倣を通じて受け継ぐこと(Marquis & Tilcsik, 2013)。Tilcsik (2014) は、これによって人は自分のキャリアが始まる前の条件からも影響を受けうると述べる。
- 刻印と環境の適合(imprint–environment fit)
- 最初の環境で形成された技能や習慣やルーティンが、その後の環境の要求に合う程度(Tilcsik, 2014)。
- 両極端の呪い(curse of extremes)
- 非常に豊かな時期や非常に乏しい時期に入社した人ほど、その後の平均的な成果が低くなりうること。Tilcsik (2014) は、これを刻印と環境の適合から導かれる帰結とする。
- 地域で正統とされる行動のひな型(locally legitimate templates of action)
- Marquis (2003) が刻印を保つ仕組みとして挙げたもの。新しく参入した企業が、取締役会のつくり方などで手本にする、地元の他の企業、とくに有力企業のやり方。
代表的な展開研究
- Marquis, C. (2003). The pressure of the past: Network imprinting in intercorporate communities. Administrative Science Quarterly. DOI ↗米国の51の大都市圏の取締役ネットワークを分析し、航空機の時代より前に成立した地域ほど地元どうしのつながりの割合が高いことを1986年と2000年の双方で示した。刻印は、新しい企業が地元の有力企業をまねることで保たれていた。
- Marquis, C., & Tilcsik, A. (2013). Imprinting: Toward a multilevel theory. Academy of Management Annals. DOI ↗刻印を三つの要素で定義し、経路依存やコーホート効果と区別した。四つのレベルと三つの源泉で研究を整理し、複数の感受性の時期、刻印の減衰、起源と現在の有用性の区別を論じた。
- Tilcsik, A. (2014). Imprint–environment fit and performance: How organizational munificence at the time of hire affects subsequent job performance. Administrative Science Quarterly. DOI ↗二つのITサービス企業の縦断データから、入社時と現在の資源の豊かさが近いほど成果が高いことを示した。この関係は入社前の職務経験で弱まり、先輩からの二次的刻印で強まる傾向があった。
批判と境界条件
Marquis & Tilcsik (2013) 自身が、刻印研究の弱点を挙げている。まず、刻印はしばしば定義されないまま使われ、意味のない傘のような概念になる危険がある(pp. 196, 200)。多くの研究は初期の環境の指標と現在の特徴の関連を示すにとどまり、間接的な影響はあまり調べられていない(pp. 225–226)。異なる源泉や時期の刻印がどう影響し合うかについては、理論の芽といえるものにもほど遠い(p. 228)。個人のレベルでは、刻印が薄れるかどうかの証拠は決定的でなく、感受性の高い時期の後に同じ人を長く繰り返し観察した研究が少ない(p. 225)。組織のレベルでも、創業時に密度が高かった組織ほど死亡率が高いという知見の一方で、一定の年齢を超えると逆に死亡率が低いという「試練」型の結果もある(p. 213)。自らの一般モデルも、実証された過程の詳細な地図ではなく、今後の研究への道標だとしている(p. 231)。
Tilcsik (2014) は、社員が入社時の条件に無作為に割り当てられないことと、離職による脱落を実証上の課題として挙げ、個人固定効果や脱落のバイアスの検定で対処した(pp. 647–649)。そのうえで、両極端の呪いは現象に固有の性質ではなく、豊かさの変動のしかたについての仮定のもとで生じる帰結にすぎないと述べる(pp. 646, 658)。インタビューは例示であって結論的ではない(p. 661)。分析は企業内の過程に限られ、刻印が転職先でも効くかは確かめられず、対象は変化の速い業界の小さく若いプロジェクト型企業だったため、より大きく官僚的な組織での検証が必要だとしている(p. 664)。
Marquis (2003) は、有力企業をまねるという分析が一つの時期しか扱っておらず、コーホートや時期の効果を拾っている可能性を批判として予想し、反論している(p. 683)。また、企業の年齢は株式公開の時点でしか分からず、年齢を統制した分析は一部の企業に限られた(p. 680)。上流階級のつながりの効果が年と分析レベルで異なった理由についても、どちらの説明も排除できないと認めている(pp. 684–685)。
研究上の位置づけ
Social structure and organizations
出典
- 原典Stinchcombe, A. L. (1965). Social structure and organizations. In J. G. March (Ed.), Handbook of Organizations (pp. 142–193). Rand McNally.
- Stinchcombe, A. L. (1965). Social structure and organizations. In J. G. March (Ed.), Handbook of Organizations. Rand McNally.
- Marquis, C. (2003). The pressure of the past: Network imprinting in intercorporate communities. Administrative Science Quarterly. ↗
- Marquis, C., & Tilcsik, A. (2013). Imprinting: Toward a multilevel theory. Academy of Management Annals. ↗
- Tilcsik, A. (2014). Imprint–environment fit and performance: How organizational munificence at the time of hire affects subsequent job performance. Administrative Science Quarterly. ↗
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