ルース・カップリング(緩やかな結合)Loose Coupling
原典と照合済み本文の根拠にした文献は出典に記載(照合の手順)
一言で言うと組織の部分どうしは、互いに反応しあいながらも、それぞれの独自性と分離を保ったまま、ゆるく結びついていることが多い。Weick (1976) が学校組織を例に示したこの見方は、合理的な設計図では説明しきれない組織の姿をとらえ、そのゆるさの利点と欠点の両方を問う。
目次
この理論で考えられる身近な疑問
中核的な問い
よく知られた組織像では、組織は計画を立て、目標に合った手段を選び、分業、権限、職務記述書、評価と報酬の仕組みを通じて動く。Weick (1976) は、こうした組織像は「自然界ではまれ」だと述べた。学校で働く人々は、そうした合理的な実践の実例を見つけることにも、それで組織内の出来事の多くを説明できると感じることにも苦労している。
Weick が関心を向けたのは、この説明しきれない残りの部分である。学校では、活動どうしがゆるくしかつながっていない。それでも学校は学校として認識され、名前をつけられ、存続している。こうしたゆるい集まりが、なぜ時間を通じて同じものとして保たれるのか。当時の組織論は、この問いにほとんど答えていなかった。さらに、組織をつなぎとめる仕組みとしてよく論じられる二つ、つまり仕事そのものの技術的な結びつきと職位の権限は、アメリカの教育組織では目立たないと論じうる。では、何が教育組織をまとめているのか。
主張とメカニズム
Weick (1976) は、ルース・カップリングを次のように説明した。結合された出来事は互いに反応しあうが、それぞれが自らの独自性と、物理的あるいは論理的に分かれていることの証しを保っている。たとえば学校の相談室と校長室は何らかの形でつながっているが、そのつながりは限定的で、まれで、影響が弱く、反応が遅いかもしれない。結びつく要素は部署に限らない。意図と行動、手段と目的、管理者と教室、教師と生徒なども、ゆるく結びつきうる。
Weick は、ゆるい結合を欠陥とみなさず、中立的な立場から、その機能と逆機能を対にして七つ挙げた。第一に、組織の一部が環境の小さな変化のたびに反応せずに持続できるが、古びた伝統も同じように残る。第二に、多くの独立した要素が環境をよく感じ取れるが、流行に流されやすくもなる。第三に、各部分が全体を巻き込まずに現場の事情へ適応できるが、標準化は進みにくい。第四に、多様な工夫が保存されるが、よい工夫が他の部分に広がりにくい。第五に、ある部分の故障が他へ広がらないが、その部分を直すのも難しい。第六に、当事者の自己決定の余地が増えるが、一人ひとりの努力が及ぶ範囲は短くなる。第七に、調整の費用が小さくて済むが、変革の手段としては使いにくい。
Weick はまた、ゆるさとかたさの組み合わせに注目した。教育という仕事は、本質的にほとんど検査も評価もされない。そのため学校は「仕事がどれだけうまく行われているか」(検査)をゆるく扱う一方で、「誰が、誰に対して仕事をするか」(認証)をかたく管理する、と Weick は予測した。教育組織をまとめているのは、目立たない場所にある少数のかたい結合なのかもしれない。
Orton & Weick (1990) は、この概念を用いた約300の文献を整理し、ルース・カップリングを二つの性質の組み合わせとして捉え直した。要素が互いに反応しあうが独自性をもたないなら、かたく結合した系である。独自性はあるが反応しあわないなら、切り離された系である。両方をそなえるのが、ゆるく結合した系である。この捉え方によって、同じ場所に合理性と不確定さが同時にあることを説明できる。ところが多くの研究は、ルース・カップリングを「かたい」から「ゆるい」までの一本の尺度の端とみなし、この二面性を失ってきた、と彼らは指摘した。
身近な例
たとえば、ある学習塾が十の教室を運営しているとしよう。本部は、講師の採用基準や、どの講師がどの生徒を受け持つかを細かく決めている。しかし、授業がどれだけうまくいっているかを本部が確かめる機会はほとんどない。本部が新しい指導方針を出しても、各教室の講師は目の前の生徒に合わせて、方針とは少し違うやり方を続ける。
本部から見ると、これは統制が効いていない状態に見える。しかし、ある教室で授業がうまくいかなくなっても、その混乱は他の教室に広がりにくい。講師は生徒に合わせて素早く工夫できる。その一方で、ある教室で生まれたよい工夫も、他の教室にはなかなか伝わらない。採用や受け持ちはかたく、授業の中身はゆるく結びついている。この組み合わせ全体を見ることが、ルース・カップリングの見方である。
主要概念
- ルース・カップリング(loose coupling)
- 結合された出来事どうしが互いに反応しあいながら、それぞれが独自性と、物理的・論理的に分かれていることの証しを保っている状態(Weick, 1976)。
- 感受性を高める道具(sensitizing device)
- それまで当たり前とされていたことに観察者が気づき、問い直すよう促す概念。Weick (1976) は、ルース・カップリングをこのような道具と位置づけた。
- 認証と検査(certification / inspection)
- 認証は「誰が仕事をするか」、検査は「仕事がどれだけうまく行われているか」をめぐる管理。Weick (1976) は、学校では検査がゆるく、認証がかたいと論じた。
- 弁証法的解釈(dialectical interpretation)
- 反応性と独自性の両方をそなえた状態としてルース・カップリングを捉える見方。反応性だけならかたく結合した系、独自性だけなら切り離された系、どちらもなければ系とはいえない(Orton & Weick, 1990)。
- 一次元的解釈(unidimensional interpretation)
- ルース・カップリングを、かたい結合からゆるい結合へ伸びる一本の尺度の端とみなす見方。Orton & Weick (1990) は、これが概念の説明力を弱めると論じた。
代表的な展開研究
- Orton, J. D., & Weick, K. E. (1990). Loosely coupled systems: A reconceptualization. Academy of Management Review. DOI ↗ルース・カップリングに言及した約300の文献を、原因、類型、直接の効果、補償、組織の成果という五つの「声」に整理した。そのうえで、反応性と独自性を同時にとらえる弁証法的解釈を保つべきだと主張した。
批判と境界条件
Weick (1976) 自身が、方法上の落とし穴を強調している。予測できないことが観察されただけでは、要素がゆるく結合している証拠にはならない。測定のまずさが生んだ見かけにすぎない可能性がある。研究者が注目した目標が的外れで、別の目標から見れば意図と行動はかたく結びついていた、ということもありうる。また、この論文が挙げた「ルース・カップリング」の15通りの意味合いは、ある結果をルース・カップリングのせいにする研究者に、15通りの別の説明を突きつけることになる。学校では権限や仕事の論理が結合の仕組みとして目立たない、という前提についても、非公式な観察や見当違いの対象の観察などに由来しており、確かめる必要があると Weick は述べている。挙げた機能と逆機能も、実証的に確かめるべきものとして示されている。
Orton & Weick (1990) は、概念が十分に特定されないまま広まり、論争を生んできたと認めている。同時期に登場した取引費用経済学、制度理論、個体群生態学、資源依存理論と比べると、独自のパラダイムも、まとまった理論も、実証的な裏づけも乏しい。さらに多くの研究が、ルース・カップリングを単なる切り離しや管理の失敗として扱い、二面性を見失ってきた。彼らが紹介する研究には、ゆるい結合による問題の封じ込めは完全ではなく部分的にとどまった、とするものもある。
研究上の位置づけ
出典
- 原典Weick, K. E. (1976). Educational organizations as loosely coupled systems. Administrative Science Quarterly. DOI ↗
- Orton & Weick (1990), Academy of Management Review ↗
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