理論・視点

制度化された組織(神話と儀式)Institutionalized Organizations (Myth and Ceremony)

原典と照合済み本文の根拠にした文献は出典に記載(照合の手順)

一言で言うと

組織の公式な構造の多くは、仕事の必要からではなく、社会で合理的だとされる制度化されたルール(神話)を取り入れた結果として生まれる。Meyer & Rowan (1977) は、神話に沿った組織は正統性と資源を得る一方で、公式構造を実際の活動から切り離す(脱連結)と論じた。

目次
説明したい問い組織の部署や規程は、本当に仕事を調整するためにあるのか。

この理論で考えられる身近な疑問

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中核的な問い

従来の理論は、合理的な公式構造は複雑な仕事を調整し統制する最も効果的な方法だから広まった、と考えてきた。しかし多くの実証研究は、公式の組織と実際の組織とのあいだに大きなずれがあることを示してきた。規則は破られ、決定は実行されず、評価や検査の仕組みはあいまいになる。Meyer & Rowan (1977) は、公式構造が実際に仕事を調整しているという前提に頼らずに、なぜ公式組織がこれほど広がり、精緻になるのかを説明しようとした。そのために、仕事の必要とは別の源泉、すなわち合理化された公式構造がもつ正統性に注目した。

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主張とメカニズム

Meyer & Rowan (1977) によれば、近代の組織の職位、方針、プログラム、手続きの多くは、世論、重要な関係者の見方、教育制度が正統化した知識、社会的な威信、法律、裁判所による過失の定義によって支えられている。これらは、個々の組織を縛る「高度に合理化された神話」として働く。神話には二つの性質がある。一つは、さまざまな社会的目的を技術的な目的とみなし、それを達成する適切な手段をルールのように定めることである。もう一つは、高度に制度化されていて、個々の参加者や組織の裁量を超えることである。そのため神話は、仕事の成果への影響が評価されるのとは関係なく、正統なものとして当然視される。専門職、プログラム、技術がその例である。

組織は、こうした神話を構造の要素として取り込むことで形成され、拡大する。神話に同型化した組織は、効率ではなく外部で正統化された要素を取り入れ、外部の儀式的な基準で自らの構造の価値を測る。また、外部に固定された制度に依存することで安定を得る。正統化された言葉で説明された組織は、社会が求める目的に向かっているとみなされる。逆に、正統化された要素を欠く組織は、怠慢だ、非合理だ、不要だという主張にさらされやすい。著者は、社会的に正統化された合理的要素を公式構造に取り入れる組織は、正統性を最大化し、資源と生存能力を高めると命題化した。

しかし、儀式的なルールは効率の論理と衝突する。儀式的な活動が意味をもつのは、具体的な効果によってではなく、カテゴリーとしてのルールに照らしてである。たとえば大学がノーベル賞受賞者を雇えば、研究資金や評判の面で大きな利益がある。だが目先の成果から見れば、教育に使う費用あたりの成果は下がる。また、一般的なルールは個別の状況に合わないことが多い。さらに、環境のさまざまな部分から来る神話どうしが矛盾することもある。

そこで組織は、構造を活動から、また構造どうしを切り離す。著者はこれを脱連結と呼ぶ。活動は専門職に委ねられ、目標はあいまいにされ、技術的な成果のデータは見えにくくされる。検査と評価は儀式化され、調整は人間関係の中で非公式に行われる。その結果、同じ業界の組織は公式構造では似ていても、実際の実践はさまざまでありうる。それでも組織が無秩序にならないのは、内外の関係者の「信頼と誠意」があるからである。人々は、誰もが役割をきちんと果たしていると想定し、互いの面子を保つ。著者は、こうした信頼は決して欺瞞ではないと述べる。神話と目の前の技術的要求が食い違う状況で、参加者に最善を尽くさせる最も合理的な方法でさえありうるという。

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身近な例

たとえば、ある会社が安全管理規程と安全委員会をつくったとしよう。規程があれば、取引先や行政、保険会社から「きちんとした会社だ」と見てもらえる。規程がなければ、何か起きたときに怠慢だと責められかねない。しかし現場の作業は日々変わり、規程どおりにはいかないことも多い。そこで実際の段取りは、経験のある社員どうしの相談で柔軟に決まる。委員会の点検は形式的に済まされ、誰も細かな数字を掘り返さない。社員も取引先も「ちゃんとやっているはずだ」と考えて仕事を続ける。これが、公式構造と活動の脱連結と、それを支える信頼の論理である。

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主要概念

制度化されたルール(institutionalized rules)
相互に共有された類型化や解釈として社会に組み込まれた分類。当然視されることもあれば、世論や法律の力で支えられることもある。
合理化された神話(rationalized myths)
社会的な目的を技術的な目的とみなし、その適切な手段をルールのように定める、非人格的な処方箋。高度に制度化されており、成果への影響の評価とは別に正統なものとして当然視される。
脱連結(decoupling)
構造の要素を、実際の活動から、また構造どうしから切り離すこと。統制や調整の試みが対立と正統性の喪失を招く組織で起こる。
信頼と誠意の論理(logic of confidence and good faith)
技術的な裏づけがなくても組織を有用に見せる、内部の参加者と外部の関係者の信頼と誠意。回避、分別、見逃しという面子を保つ実践によって維持される。
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代表的な展開研究

  • DiMaggio, P. J., & Powell, W. W. (1983). The iron cage revisited: Institutional isomorphism and collective rationality in organizational fields. American Sociological Review. DOI ↗なぜ組織は似通うのかを問い、組織フィールドの中で同型化を生む強制・模倣・規範の三つのメカニズムと、それを予測する仮説を示した。
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批判と境界条件

Meyer & Rowan は、同型化しゆるやかに結びついた組織が、社会全体として効果的かどうかについて、立場をとらないと明言している。こうした構造は活動を効率の基準から遠ざけ、非効率を生む面がある。一方で、参加者を誠意ある行動と、より広い構造の合理性に従わせることで、長期的な効果を最大化するかもしれない、とも述べている。

また、合理化された神話を生み出す近代の制度体系全体の進化は、論文の範囲を超えるとしている。論文が示すのは理論的な命題であり、その検証は、比較研究や実験研究による今後の課題として提示されている。

DiMaggio & Powell (1983) は、Meyer とその学生たちの制度化のアプローチについて、神話と儀式の重要性を示しながらも、そうしたモデルがどのように生じ、当初は誰の利益に資するのかを問うていないと指摘した。さらに、Meyer & Rowan が外部で正統化された慣行と内部の行動とのゆるやかな結びつきを想定したのに対し、DiMaggio & Powell は、儀式的な慣行と並行して内部でも実質的な変化が起こり、同質性が高まると予想している。

Bromley & Powell (2012, p. 485) は、多くの研究が脱連結を方針と実践のずれとして扱ってきたことについて、脱連結の概念的な基盤を狭く解釈しすぎていると批判した。この見方は、制度による変化の多くは見せかけの飾りにすぎない、という誤った批判を招くという(p. 485)。彼らは、規則が実施されない、あるいは日常的に破られる「方針と実践の脱連結」に加えて、方針は実施されているのに意図した成果との結びつきが不明確な「手段と目的の脱連結」を区別した(p. 489)。また、Meyer & Rowan (1977) の議論には、組織の単位どうしを切り離して中核の活動を守るという見方も含まれていたが、見過ごされてきたと指摘している(p. 498)。透明性や説明責任が重視される今日では、前者は減る可能性があり、後者は増えていると彼らは考える(p. 498)。手段と目的の脱連結は、組織内部の構造の複雑化、絶え間ない改革、中核的な目標から資源がそらされることをもたらすという(p. 484)。ただし、二つの脱連結の増減についての命題は実証的に検証されるべきだと、著者自身が述べている(p. 517)。

研究上の位置づけ

原典Meyer, J. W., & Rowan, B. (1977)
Institutionalized organizations: Formal structure as myth and ceremony
分類理論
分析単位組織
理論系譜制度論 · 社会学
REFERENCES

出典

本ページは学習用の要約です。正確な引用や議論には原典を確認してください。