自己決定理論Self-Determination Theory
原典と照合済み本文の根拠にした文献は出典に記載(照合の手順)
一言で言うと人には有能さ、自律性、関係性という三つの基本的な心理的欲求があり、それらが満たされる環境では内発的動機づけや、外からの価値の取り込み(内在化)が進み、成長と健康につながる、とする理論。
目次
この理論で考えられる身近な疑問
中核的な問い
同じ仕事でも、楽しくて自分から取り組む人もいれば、言われたから仕方なくやる人もいる。やる気の「量」だけでなく「質」の違いはどこから生まれるのか。報酬や命令は、やる気を高めるのか、それとも損なうのか。
主張とメカニズム
Ryan & Deci (2000) は、内発的動機づけを「新しさや挑戦を求め、自分の力を伸ばして発揮し、探索し、学ぼうとする、人に本来備わった傾向」と説明した。そして、この傾向が発揮されるかどうかは環境に左右されるとし、有能さ(うまくやれるという感覚)と自律性(自分で選んでいるという感覚)を支える環境がそれを支えると論じた。関係性(他者とつながっているという感覚)も、安心できる人間関係という土台として関わるとされる。Deci et al. (1999) によれば、この研究の流れは、お金などの報酬が内発的動機づけを損ないうることを示した Deci (1971) の実験に始まる。
原典は、外から与えられた動機づけにも質の違いがあると主張する。外からの要求や報酬・罰のために行う「外的調整」、罪悪感や不安を避けるため、あるいは誇りを得るために行う「取り入れ的調整」、その行動の価値を自分で認めて行う「同一化的調整」、その価値が自分の他の価値観と統合された「統合的調整」があり、後になるほど自律的である。価値や規則を取り込むことを内在化と呼び、それをさらに自分のものへと変えていくことを統合と呼ぶ。行動する意図そのものがない状態は「無動機」とされる。
関係性と有能さへの支えは内在化を促し、自律性への支えは統合に欠かせない。内在化が進むと、行動の効果、自発的な粘り強さ、主観的なウェルビーイングが高まりやすい。逆に、課題の遂行に応じて与えられる、あらかじめ予告された有形の報酬や、脅し、締め切り、命令は、自分の行動の原因が外にあるように感じさせ、内発的動機づけを弱めうる。
身近な例
たとえば、プログラミングが好きで自主的に勉強していた新入社員がいるとしよう。上司が細かく手順を指示し、進み具合を常に監視すると、本人は「やらされている」と感じ、以前ほど楽しめなくなるかもしれない。一方、目的を説明し、やり方の選択を任せ、うまくいった点を具体的に伝える上司の下では、面倒な作業でも「自分にとって意味がある」と納得して取り組みやすくなる、とこの理論は考える。
主要概念
- 内発的動機づけ(intrinsic motivation)
- 活動そのものの面白さや、活動に内在する満足のために、その活動を行うこと。
- 外発的動機づけ(extrinsic motivation)
- 報酬や評価など、活動とは別の結果を得るために行うこと。
- 基本的心理欲求(basic psychological needs)
- 有能さ、自律性、関係性という、成長と健康に欠かせないとされる三つの欲求。
- 内在化(internalization)
- 外から求められた価値や規則を取り込むこと。それをさらに自分のものへと変えていく過程は統合と呼ばれる。
代表的な展開研究
- Deci, E. L., Koestner, R., & Ryan, R. M. (1999). A meta-analytic review of experiments examining the effects of extrinsic rewards on intrinsic motivation. Psychological Bulletin. DOI ↗128の実験をメタ分析し、予告された有形の報酬は内発的動機づけを損ない、肯定的なフィードバックは高めることを示した。Eisenberger & Cameron (1996) らのメタ分析の方法も批判した。
- Gagné, M., & Deci, E. L. (2005). Self-determination theory and work motivation. Journal of Organizational Behavior. DOI ↗自己決定理論を職場の動機づけに応用した。動機づけの総量ではなく、自律的動機づけと統制的動機づけの相対的な強さに注目する点を、他の職務動機づけ理論との違いとして示した。
- Eisenberger, R., & Cameron, J. (1996). Detrimental effects of reward: Reality or myth?. American Psychologist. DOI ↗批判・反論。先行研究のメタ分析から、報酬の悪影響はごく限られた、避けやすい条件でしか生じないと主張した。
- Van den Broeck, A., Ferris, D. L., Chang, C.-H., & Rosen, C. C. (2016). A review of self-determination theory's basic psychological needs at work. Journal of Management. DOI ↗職場での基本的欲求の充足を扱った99件の研究(119標本)をメタ分析した。自律性、有能感、関係性の充足は、内発的動機づけや幸福感をそれぞれ独自に予測しており、おおむね理論を支持した(有能感とエンゲイジメントの関係は例外)。三つを平均して一つの得点にするのは適切でないと結論した。
批判と境界条件
原典自身が、内発的動機づけが生じるのは、新しさや挑戦性、美しさなど、本人にとってそれ自体に面白みのある活動に限られると述べている。そのため、面白みの乏しい活動については、内在化という別の過程で説明する必要がある。報酬が内発的動機づけを損なうという主張については、Eisenberger & Cameron (1996) が、その悪影響は限られた条件でしか生じず、一般に言われるほど大きくないと反論し、論争になった。これに対し Deci et al. (1999) は、面白い課題とつまらない課題をまとめて分析するなどの方法上の問題を指摘し、128の実験のメタ分析から、課題の遂行に応じた予告された有形の報酬は内発的動機づけを損なうと結論した。
Van den Broeck et al. (2016) は、欲求の充足が説明する分散が、一部の結果では統計的には有意でも実質的には小さいこと、よく使われる尺度に問題があること、研究の大半が横断的な自己報告であることを指摘した。
研究上の位置づけ
出典
- 原典Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. American Psychologist. DOI ↗
- Deci (1971). Effects of externally mediated rewards on intrinsic motivation. Journal of Personality and Social Psychology. ↗
- Eisenberger & Cameron (1996). Detrimental effects of reward: Reality or myth?. American Psychologist. ↗
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