ワーク・エンゲイジメントWork Engagement / Personal Engagement
原典と照合済み本文の根拠にした文献は出典に記載(照合の手順)
一言で言うと人は仕事の役割に、自分の身体・認知・感情をどれだけ注ぎ込むかを、その時々に調整している。自分を注ぎ込むかどうかは、その仕事に意味があるか、自分を出しても安全か、注ぎ込む余力があるか、という三つの心理的条件で決まる、とする理論。
目次
この理論で考えられる身近な疑問
中核的な問い
同じ人でも、ある場面では仕事に夢中で取り組み、別の場面では言われたことだけを淡々とこなす。人は仕事の役割に、どの程度「自分自身」を持ち込むのか。そして、それを左右するのは何なのか。
主張とメカニズム
Kahn (1990) は個人的エンゲイジメントを、組織のメンバーが自分自身を仕事の役割に「結びつけて活かす(harnessing)」ことと定義した。エンゲイジしているとき、人は役割を果たすなかで、身体的・認知的・感情的に自分を用い、表現する。自分を用いるとは、身体・認知・感情の働きに自分のエネルギーを注ぎ込むことであり、自分を表現するとは、本当の自分の考えや気持ちを示すことである。反対に、個人的な離脱(ディスエンゲイジメント)とは、自分自身を仕事の役割から切り離すことである。離脱しているとき、人は身体的・認知的・感情的に身を引き、自分を守る。つまり、外から与えられた台本どおりに役割をこなし、本当の自分の考えや気持ちを隠す。Kahn は、仕事への関与やコミットメントといった既存の概念は、人が時間を通じて平均的な水準を保つ、一般的な状態を捉えるものだとした。それに対してエンゲイジメントは、特定の瞬間や場面ごとに揺れ動く、心理的にその場にいる度合いを指し、そうした平均の陰に隠れた揺れを明らかにするものとした。
Kahn (1990) は、理論をつくるための二つの質的研究として、夏季キャンプの指導員と建築設計事務所の人々への聞き取りや観察を行った。Kahn はそこから、三つの心理的条件を見いだした。人は場面ごとに、自分をこの仕事に持ち込むことにどれだけ意味があるか、そうしても安全か、自分にその余裕があるか、という三つの問いを無意識のうちに自らに問い、その答えに応じてエンゲイジしたり離脱したりしているように見えたという。一つ目は有意味感で、自分を注ぎ込めば見返りがあると感じられることである。仕事の内容、役割、人とのやりとりが影響する。二つ目は心理的な安全で、自分のイメージや地位、キャリアに悪い結果が及ぶ恐れなく、自分を出せると感じられることである。人間関係、集団の力学、管理のスタイル、組織の規範が影響する。三つ目は心理的な利用可能性で、その時点で、自分を注ぎ込むのに必要な身体的・感情的・心理的な資源があると感じられることである。身体や感情のエネルギーの消耗、自信のなさなどの不安、職場の外の生活が影響する。
注意すべきは、今日よく使われる「ワーク・エンゲイジメント」の定義は、Kahn のものではない点である。後の研究で Schaufeli et al. (2002) は、ワーク・エンゲイジメントを活力・熱意・没頭によって特徴づけられる、仕事に関する前向きで充実した心の状態と定義し、それを測る尺度をつくった。この状態は、一時的で特定のものではなく、より持続的で広く行き渡った、感情と認知にまたがる状態とされた。これはバーンアウトの反対にあたる概念として構想された。ただし Schaufeli et al. (2002) は、両者を一つの尺度の両端として測るのではなく、別々の尺度で測るべきだとした。Rich et al. (2010) によれば、エンゲイジメント研究の多くはバーンアウトや従業員の健康・幸福(ウェルビーイング)の理論に根ざしているが、Kahn (1990) はもともと、エンゲイジメントを独自の動機づけの概念として描いていた。
身近な例
たとえば、ある新入社員が、会議で自分のアイデアを熱心に説明しているとしよう。この仕事は顧客の役に立つと感じ(有意味感)、先輩たちは新人の意見でも笑わずに聞いてくれ(安全)、前の晩によく眠れていた(利用可能性)。ところが翌週、上司が発言を頭ごなしに否定する場面を見たあとでは、同じ人が黙って資料をめくるだけになる。Kahn の見方では、この変化は、本人が普段どれだけ熱心かではなく、その場の心理的条件の変化によって説明される。
主要概念
- 個人的エンゲイジメント(personal engagement)
- 仕事の役割を果たすなかで、自分自身を身体的・認知的・感情的に用い、表現すること。
- 個人的な離脱(personal disengagement)
- 自分自身を仕事の役割から切り離し、身体的・認知的・感情的に身を引いて自分を守ること。
- 有意味感(psychological meaningfulness)
- 自分を仕事に注ぎ込めば、それに見合う見返りがあると感じられること。
- 心理的な安全(psychological safety)
- 自分のイメージや地位、キャリアに悪い結果が及ぶ恐れなく、自分を出せると感じられること。
- 心理的な利用可能性(psychological availability)
- その時点で、仕事の役割に自分を注ぎ込むのに必要な身体的・感情的・心理的な資源があると感じられること。
代表的な展開研究
- Schaufeli, W. B., Salanova, M., González-Romá, V., & Bakker, A. B. (2002). The measurement of engagement and burnout: A two sample confirmatory factor analytic approach. Journal of Happiness Studies. DOI ↗ワーク・エンゲイジメントを活力・熱意・没頭からなる状態と定義し、スペインの大学生と従業員の二つの標本で、この三因子の構造を確かめた。ただし、バーンアウトとエンゲイジメントを別々の二つの因子とみなす仮説のモデルは最もよくは当てはまらず、疲弊とシニシズム(仕事への冷淡で距離をおいた態度)からなるバーンアウトの中核の因子と、職業上の効力感も含む広いエンゲイジメントの因子に分けるモデルが最もよく当てはまった。Lesener et al. (2019) によれば、仕事の要求度-資源モデルの研究では、この概念が健康の前向きな指標として使われている。
- Rich, B. L., LePine, J. A., & Crawford, E. R. (2010). Job engagement: Antecedents and effects on job performance. Academy of Management Journal. DOI ↗Kahn の定義に基づいて身体・認知・感情の三面からエンゲイジメントを測る尺度をつくった。消防士245人とその上司の調査で、価値観の一致、組織から大切にされているという知覚、自分の価値や能力についての根本的な自己評価が、エンゲイジメントを通じて、職務の中核の遂行と、職務の範囲を超えて組織を助ける行動(組織市民行動)に結びつくことを示した。職務への関与、職務満足、内発的動機づけを同時に入れても、それらがエンゲイジメントを上回る説明力をもつことはなかった。
批判と境界条件
Macey & Schneider (2008, p. 3) は、エンゲイジメントの意味は研究者のあいだでも実務家のあいだでもあいまいで、心理状態、特性、行動、さらにそれらの先行要因や結果を指すのに使われていると指摘した。エンゲイジメントが独自の概念なのか、他の概念を包み直しただけなのかという問いが残るという (p. 4)。エンゲイジメントの調査と満足度の調査で項目が似ていることも、両者の混同を示すとされる (p. 7)。そのうえで著者らは、状態としてのエンゲイジメントを、職務満足や組織コミットメントなどの既存の概念の要素を含む「古いワインの新しい調合」とみなした (p. 10)。既存の概念のうち、感情やエネルギーを表す面は含まれるが、満ち足りて落ち着いた状態を表す面は含まれないという (p. 10)。
Schaufeli et al. (2002, p. 73) によれば、Kahn (1992) は心理的な存在(仕事の場に心から居合わせていること)の包括的な理論モデルを示したが、測定の方法は示さなかった。Rich et al. (2010, p. 623) によれば、既存の尺度の多くは、身体・認知・感情のエネルギーを役割に注ぐという Kahn (1990) の考えを十分に反映していないと批判されてきた。最もよく使われる UWES(ユトレヒト・ワーク・エンゲイジメント尺度)は、仕事の有意味感や挑戦の度合いを尋ねる項目を含み、Kahn が示した先行条件とエンゲイジメントを混同している (p. 623)。Rich et al. (2010, p. 631) は、尺度どうしの対応が分かるまでは、実務家は、使う尺度が関心のある成果と結びつく証拠をもつかに注意すべきだとした。
Kahn (1990, p. 699) 自身も、エンゲイジメントと離脱の事例を評定して求めた記述統計は、モデルを描くためのもので、モデルを検証するものではないとした。Rich et al. (2010, p. 630) 自身は、消防士を対象とした結果が他の仕事に一般化できるかは分からないとした。また、有意味感・安全・利用可能性の三条件は測っておらず、測っていれば Kahn の理論をより直接に検証できたと述べている (p. 630)。研究が横断的なので、因果の推論も限られるとした (p. 630)。Schaufeli et al. (2002, p. 86) も、効力感がエンゲイジメントの因子に入った結果は、効力感の項目がエンゲイジメントの項目と同じく肯定的な言い回しであることによる見かけ上のものである可能性を否定できないとした。また、この研究は二つの尺度の内部の性質だけを調べ、内容の妥当性には触れていない (p. 87)。
Macey & Schneider (2008, p. 25) は、エンゲイジメントに使えるエネルギーや資源には限りがあり、高い水準を持続させるのは難しいとした。著者らによれば、Kahn (1992) は、心理的な存在は多くの努力を要するため人を消耗させ、ほかの要求しだいでは持続できないことがあると述べた (p. 25)。また著者らは、Maslach et al. (2001) が、非常に高いエンゲイジメントはバーンアウトを引き起こしうると示唆したことを挙げている (p. 25)。
研究上の位置づけ
出典
- 原典Kahn, W. A. (1990). Psychological conditions of personal engagement and disengagement at work. Academy of Management Journal. DOI ↗
- Macey & Schneider (2008). The Meaning of Employee Engagement. Industrial and Organizational Psychology. ↗
- Lesener, Gusy & Wolter (2019). The job demands-resources model: A meta-analytic review of longitudinal studies. Work & Stress. ↗
- Kahn (1992). To be fully there: Psychological presence at work. Human Relations. ↗
- Maslach, Schaufeli & Leiter (2001). Job burnout. Annual Review of Psychology. ↗
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