Gioia 法Gioia Methodology
質的データから帰納的に新しい概念を見つけるための方法論。インフォーマントの言葉による1次の分析と研究者の理論の言葉による2次の分析を並べてデータ構造の図にまとめ、そこからデータに根ざしたモデルを組み立てる。
どんな方法か
Gioia 法は、質的データから帰納的に新しい概念を見つけ、それをデータに根ざした理論へとまとめるための体系的なアプローチである(Gioia et al., 2013, p. 15)。著者らは、質的研究は豊かで発見の可能性に富む一方、学術的な厳密さを欠くとしばしば批判されてきたと述べ、帰納的研究の実施と提示に「質的な厳密さ(qualitative rigor)」をもたらすことをこの方法の狙いに置いている(同 p. 15)。著者ら自身は、これを質的で解釈的(interpretive)な研究を行うための方法として位置づけている(同 p. 15)。
この方法の出発点には、査読での一つのやりとりがある。Gioia らの論文に対して査読者は「素晴らしい物語だ。文章もよい。洞察も鋭い。だが、あなたが面白い解釈をでっち上げただけではないと、どうして分かるのか」と問うた(Gioia et al., 2013, p. 18)。この応酬への解決策として考え出されたのが、「1次」の分析と「2次」の分析を並べて体系的に示すやり方であった(同 p. 18)。
どんな問いに向くのか。Gehman et al. (2018, p. 297) は、インフォーマント(調査で話を聞く相手)の生きられた経験(lived experiences)を理解したいなら、Gioia 法が出発点になりうるとまとめている。Gioia 自身は同じ場で、この方法論はグラウンデッド・セオリーを生み出すために設計されており、データに根ざして立ち現れた理論がそのまま理論になると述べ、理論を「現象がどのように、なぜ起きるのかを示す、概念とその相互関係についての言明」と定義する Corley & Gioia (2011) を引いている(Gehman et al., 2018, p. 290)。Gioia (2021, p. 28) は、この種の研究で得られるのは仮説の検定から出てくる「結果(results)」ではなく「発見(findings)」であり、理論を検証する仕事ではなく理論を発見する仕事だと書いている。
Langley & Abdallah (2011, p. 107) は、このやり方を Eisenhardt 法と並ぶ質的研究の「テンプレート」の一つとみなし、生みの親にちなんで Gioia 法と名づけた。当時 Gioia は方法論を一歩ずつ説明する論文を公表しておらず、著者らは公刊論文の精読と本人との個人的なやりとりから方法を描いた(同 pp. 108, 117)。その表によれば、前提は解釈主義で、目的はインフォーマントの意味をとらえてモデル化すること、求めるのは組織の出来事についてのインフォーマントの理解、成果はプロセスモデルや新しい概念である(Table 1, p. 109)。方法の論理は、発見をもたらす見込みとデータの豊かさで選んだ単一事例、リアルタイムのインタビューと観察、1次のコードから2次のテーマ、集約次元へと段階的に抽象化してつくるデータ構造、内部者と外部者の役割分担、メンバー・チェック、三角測量による信頼性(trustworthiness)とまとめられている(同 p. 109)。
前提:人々も研究者も「知識をもつ行為者」
Gioia 法は、組織の世界は社会的に構成されているという基本的な前提に立つ(Gioia et al., 2013, p. 17)。そのうえで著者らは、組織の現実をつくっている人々は「知識をもつ行為者(knowledgeable agents)」である、つまり組織の人々は自分が何をしようとしているのかを知っており、自分の考え・意図・行為を説明できる、と仮定する(同 p. 17)。
前提はもう一つある。著者らは研究者自身についても、研究者もまた十分に知識のある人々であり、データの中にパターンを見出し、インフォーマントが気づいていないかもしれない概念や関係を浮かび上がらせ、それを理論的に意味のある言葉で定式化できる、と仮定する(Gioia et al., 2013, p. 17)。この二つの前提は、後で見る「1次」(人々の言葉)と「2次」(研究者の理論の言葉)の分析にそれぞれ対応している。
Gioia (2021, p. 24) は、自分の役割を「栄光ある報道記者(glorified reporter)」と表現することがあると書き、その発想は神々の伝言を伝える使者ヘルメスに由来すると説明している。ただし Gioia (2021, p. 25) は、研究者が「白紙(tabula rasa)」で現場に入るわけではないことも認めている。経験から身につけた個人的なスキーマや暗黙の偏りがあるので白紙はありえないが、それでも洞察に富む見方ができるという自信はある、というのがその書きぶりである(同 p. 25)。同じ箇所で Gioia は、現場に深く関わった結果として研究者が組織現象を理解する有益な見方を育てている可能性にふれ、この方法には洞察と創造性の余地があると認めている(同 p. 25)。
手順(1):1次のコンセプトから2次のテーマへ
Gioia et al. (2013, p. 26) の付録Aは、手順のうち研究デザインとデータ収集は伝統的なグラウンデッド・セオリーの穏やかな変形であり、データ分析とグラウンデッド・セオリーの明確化の段階がこの方法の主な独自性だと整理している。
分析の第一段階は1次の分析(1st-order analysis)である。研究の初期には、インフォーマントの用語やコード、カテゴリーが無数に現れ、Gioia et al. (2013, p. 20) はこれを Strauss & Corbin (1998) のオープン・コーディングに似た過程だとしている。1次の分析ではインフォーマントの用語に忠実であろうとし、カテゴリーをまとめようとはほとんどしないので、研究の前半ではカテゴリーの数が爆発的に増える(同 p. 20)。最初の10件のインタビューから50〜100の1次カテゴリーが現れることも珍しくない(Gioia, 2021, p. 24)。著者らはこの状態を、見つかる前に一度は迷子にならなければならない(get lost before you can get found)と表現している(Gioia et al., 2013, p. 20)。
次が2次の分析(2nd-order analysis)である。研究が進むにつれて、多数のカテゴリーのあいだの類似と相違を探し(Strauss & Corbin (1998) の軸足コーディングに似た作業)、カテゴリーにラベルや短い記述をつけていく。その際も、できるだけインフォーマントの用語を残す(Gioia et al., 2013, p. 20)。数の目安として、最初の10件のインタビューで50〜100も出てくる1次カテゴリーを、たとえば25や30といった扱える数にまで整理する(同 p. 20)。この段階で研究者は「理論の領域」に入り、立ち現れたテーマが、観察している現象を記述し説明するのに役立つ概念を示唆しているかを問う(同 p. 20)。この過程では Glaser & Strauss (1967) が「理論的サンプリング(theoretical sampling)」と呼んだ手続きが使われ、テーマと概念の展開は、同じく Glaser & Strauss (1967) が「理論的飽和(theoretical saturation)」と呼んだ状態で締めくくられる(Gioia et al., 2013, p. 20)。
「1次」と「2次」という語は、Van Maanen (1979) の用語と重なる。Van Maanen (1979, p. 540) は、エスノグラフィー(現場に入り込んで行う調査)の1次の概念(first-order concepts)はその調査の「事実」、2次の概念(second-order concepts)は分析者がその事実を整理し説明するために使う「理論」だと区別した。Mees-Buss et al. (2022, p. 414) は、この1次・2次の概念の起源を、さらに Schütz にまでさかのぼらせている。
手順(2):データ構造から動的なモデルへ
2次のテーマがそろったら、それをさらに「集約次元(aggregate dimensions)」へとまとめられるかを検討する(Gioia et al., 2013, p. 20)。1次の用語、2次のテーマ、集約次元が一式そろうと、データ構造(data structure)を作る基盤ができる。著者らはこれを、研究アプローチ全体の中でおそらく最も要となる段階と呼ぶ(同 p. 20)。
ただし、データ構造は最終成果ではない。著者らによれば、データ構造は動的な現象の静止画にすぎず、プロセスを研究するなら、その静止画を動画にしなければ実際にはプロセスを調べたことにならない(Gioia et al., 2013, p. 22)。そこで最終目標は、データに根ざした生き生きとした帰納的モデル、すなわちグラウンデッド・モデルを組み立てることに置かれる(同 p. 22)。著者ら自身も脚注で、データ構造は出来事の連鎖や概念間の相互作用をうまく説明できないと認め、それを説明するのが続くグラウンデッド・セオリーの展開の役目だとしている(同 p. 28, 注4)。
提示の順序については、2021年に一つの変更が明言された。Gioia (2021, p. 26) は、近年はグラウンデッド・モデルを発見(findings)より先に示すようになったと書いている。理論はデータに根ざしているのだから、データや発見を示した後に置くのが筋であり、モデルを先に示すのは解釈的研究の原則に反する、ということを Gioia 自身が承知したうえでの変更である(同 p. 26)。
厳密さ(rigor)をどう示すか
Gioia 法で厳密さを示す中心は、データ構造そのものを示すことである。Gioia et al. (2013, p. 21) は、分析を評価する鍵となる基準を「データ構造なくして知識なし(No data structure; know nothing)」という標語で表している。2016年の学会シンポジウムでも Gioia は、データ構造がなければ何もないという同じ趣旨の言葉を紹介している(Gehman et al., 2018, p. 286)。データ構造を作ることを質的研究の厳密さを示す鍵となる要素とする根拠として、Gioia et al. (2013, p. 20) は Pratt (2008) と Tracy (2010) を挙げている。
コーダー間一致(複数の人が独立にコードをつけ、どれだけ一致するかを数える手続き)の扱いは控えめである。著者らは、研究を知らない独立のコーダーにデータの一部をコードしてもらい、一致率を計算したことが何度かあるが、データを構造化する手続きそのものが分析に必要な厳密さを与えるので、そうした手順は必須とは考えないと述べる(Gioia et al., 2013, pp. 21–22)。さらに、筋金入りの解釈的研究者には、コーダー間一致の報告が解釈的研究に裏口から実証主義を持ち込むものに映る、とも書いている(同 pp. 21–22)。質的研究の書き方を論じた Pratt (2009, p. 859) も、自分で集めていない記録データをコードするなら複数のコーダーと評定者間信頼性を当然期待するが、長期のエスノグラフィーで他人に自分のデータを適切にコードしてもらうのはあまり意味がない、と場合分けをしている。
データ構造へのこだわりは、Gioia 自身が繰り返し強調している。Gehman et al. (2018, p. 292) のシンポジウムで Gioia は「データ構造なしでは生きていけない」と語っている。一方で Gioia (2021, p. 26) は、編集者がデータ構造を「やりすぎ(overkill)」と見て報告から外すよう求めることがあると認めつつ、自分にはそのやり方が分からないと書いている。
Langley & Abdallah (2011) は、この系譜の論文の提示の仕方も分析している。発見の提示はデータ構造の図から始まり、たとえば Corley & Gioia (2004) の図では、24の1次の概念が9つの2次のテーマに、さらに三つの集約次元にまとめられている(p. 120)。続いて各テーマを、本文の物語と、本文とほとんど重ならない追加の引用を並べた大きな表との二通りで展開し、この提示の仕方が発見に強い信用を築くという(同 p. 120)。
懐疑的な読者の疑問に答える
第一の疑問は、「研究者の主観で概念を作っているだけではないか」である。これはまさに Gioia らが査読者から受けた「面白い解釈をでっち上げただけではないと、どうして分かるのか」という問いであり(Gioia et al., 2013, p. 18)、答えは、インフォーマントの言葉による1次の分析と研究者の理論の言葉による2次の分析を並べて見せ、読者がデータから概念への道筋をたどれるようにすることだった(同 p. 18)。ただし、主観がなくなると主張しているわけではない。Gioia (2021, p. 25) は研究者が白紙ではないと認めており、Gioia et al. (2013) の共著者である Corley は、自分と同じ現場で同じ質問をした別の研究者が自分と同じグラウンデッド・モデルにたどり着くとは期待しない、と述べている(Gehman et al., 2018, p. 296)。つまり Gioia 法が約束するのは、同じ結論の再現ではなく、結論に至る道筋の見える化である。
第二の疑問は、「1つの組織を調べただけで何が言えるのか」である。Gioia (2021, p. 21) は、問うべきは一般化可能性(generalizability)ではなく移転可能性(transferability)だと答える。一般化可能性は観察された現象が広く当てはまるほど幅広い証拠を集めたことを意味するが、移転可能性は、たった一つの観察でも多くの異なる文脈に当てはまる原理を表しうることを意味し、Gioia はそうした原理を「持ち運べる原理(portable principles)」と呼ぶ(同 p. 21)。Gioia et al. (2013, p. 24) も、自分たちのねらいは理論へと一般化することだと強調している。この点で著者らは、組織の構造やプロセスは必ずその場に固有のものだとする純粋な解釈主義者とは袂を分かつと明言している(同 p. 24)。他方で Gioia (2021, p. 27) は、よい解釈的事例研究が生み出すべきは関心のある現象についてのもっともらしく擁護できる説明であり、「唯一の正解」を追い求めるものではないとも書いている。
第三の疑問は、「なぜ既存の理論ではなく回答者の言葉から始めるのか」である。Gioia (2021, p. 22) は、私たちはふつう既存の理論から始めるが、それは組織の世界を何が起きるか分かっているかのように扱う姿勢であり、「理論的な傲慢さ」(theoretical arrogance)につながると書く。
方法の側が認める限界もある。Gioia (2021, p. 27) は、以前から抱いてきた懸念は、質的研究があまりに頻繁に薄い証拠をもとに大げさな主張をしてしまうことであり、質的研究者はいまも時にこの誤りを犯していると書いている。Gioia et al. (2013, pp. 18–19) も、この方法が質的研究の厳密さを示す最良の方法だとは必ずしも主張しないと断り、脚注で Eisenhardt (1989a, 1989b) などの別のアプローチを挙げている(同 p. 28, 注2)。
使われ方の実態
Gioia 法はどれほど使われているのか。Mees-Buss et al. (2022, p. 424) は、経営学の7誌でこの方法の使われ方を調べた。付録の冒頭は調査期間を「4年間(a 4-year period)」と書くが、表の題と本文の記述では2014〜2018年とされており、この期間に Academy of Management Journal(AMJ)では質的研究の論文74本のうち46本(62.2%)が Gioia 法を使っていた(Mees-Buss et al., 2022, pp. 424–425, Table A1a)。同じ期間に、Administrative Science Quarterly では31本中9本(29.0%)、Journal of Management Studies では71本中21本(29.6%)、Organization Studies では226本中36本(15.9%)であった(同 p. 424, Table A1a)。専門誌では、Journal of International Business Studies が26本中4本(15.4%)、Journal of Operations Management が22本中3本(13.6%)、MIS Quarterly が39本中3本(7.7%)だった(同 p. 425, Table A1b)。著者らは AMJ について、Gioia 法が質的研究の「お決まりの型(house style)」になっていると形容している(同 p. 410)。
使い方の中身も一様ではない。7誌を合わせると、手順を忠実に踏襲したもの(faithful following)が39%、主にコーディングの過程を示すために部分的に採用したもの(partial adoption)が12%、コーディングの参考文献として挙げるもの(citation only)が15%、そして Gioia 法を直接引用せずに1次・2次の概念のデータ構造を使うもの(silent following)が34%であった(Mees-Buss et al., 2022, pp. 425–426, Table A2)。
普及は、査読の場でも感じられている。Pratt et al. (2022, p. 212) は、Gioia 法が組織研究の質的論文で支配的になり、査読者や編集者がこの手法を名指しで求めることも多いと述べる。Gioia 自身も、最近の査読者から「この Gioia 法のアプローチはありふれたものになりすぎている」として別のやり方を考えてほしいと頼まれたという逸話を紹介している(Gehman et al., 2018, p. 293)。
Langley & Abdallah (2011, p. 117) は、Corley & Gioia (2004) がほかの著者に方法の模範として頻繁に引かれ、著者らの見るところ査読者にもよく言及されるとして、ここに「もう一つのテンプレートが生まれつつある」兆しがあると書いた。データ構造の図で枠組みの導き方をまとめるやり方がますます一般的になったとも述べ、Maguire & Phillips (2008) や Rindova et al. (2011) を例に挙げている(p. 121)。
Eisenhardt 法との違い
Gehman et al. (2018, p. 284) は、2016年の Academy of Management 年次大会で Gioia、Eisenhardt、Langley、Corley が理論構築の異なるアプローチを論じたシンポジウムをまとめたものである。Eisenhardt によれば、事例からの理論構築の目標は理論そのものであり、とくに「どのように(how)」という問いに答えるのに役立つ(Gehman et al., 2018, p. 287)。その中心にあるのは、事例を平均などの要約統計にまとめるのではなく、一つずつ分析する追試の論理(replication logic)である(同 p. 287)。論文の結論は、演繹的に検証できる理論を生み出したいなら Eisenhardt 法、インフォーマントの生きられた経験を理解したいなら Gioia 法が出発点になりうると整理している(同 p. 297)。Langley & Abdallah (2011, p. 132) も、言説分析を説明する節の脇で、Eisenhardt 法はインタビューや文書などのデータを事実を確かめるために分析し、Gioia 法は同じデータを解釈として扱うと対比している。
意見がはっきり分かれた点も二つある。第一はデータ構造で、Gioia の「データ構造なしでは生きていけない」に対し、Eisenhardt は「データ構造を私にやらせないでほしい」と応じ、データ構造にはデータが入っておらず、ただでさえ限られた誌面を占めてしまうと述べた(Gehman et al., 2018, p. 292)。Eisenhardt はさらに、データ構造のような特定の書式を要求することを「死後硬直(rigor mortis)」と呼んでいる(同 p. 293)。第二は再現性で、別の研究者が同じ現場で同じ質問をしても同じモデルにはならないという Corley に対し、Eisenhardt は、自分の事例で自分の問いを立てればほぼ同じ答えが得られると考えると反論した(同 p. 296)。
それでも両者は対立一色ではない。Eisenhardt は、ここで示された質的研究のアプローチには違いより似ている点のほうが多いと述べている(Gehman et al., 2018, p. 292)。また、プロセス研究の立場から参加した Langley は、Gioia と Eisenhardt のアプローチは本人たちは否定するかもしれないがかなりテンプレート的だと見ており(同 p. 293)、自分たちがしているのは帰納ではなくアブダクションだと述べて、二人とは違う立場を示した(同 p. 297)。論文全体の結論は、方法と研究の問いと目指す理論的貢献の関係まで含めた「理論と方法の適合(theory–method fit)」を見つけることが必要だというものである(同 p. 298)。
主な文献
- Gioia, D. A., Corley, K. G., & Hamilton, A. L. (2013). Seeking qualitative rigor in inductive research: Notes on the Gioia methodology. Organizational Research Methods. DOI ↗Gioia 法の定式化。1次の分析、2次のテーマ、集約次元、データ構造からグラウンデッド・モデルへの手順と、テンプレート化への懸念を述べた。
- Gioia, D. (2021). A systematic methodology for doing qualitative research. Journal of Applied Behavioral Science. DOI ↗Gioia による一人称の再説明。移転可能性と「持ち運べる原理」、モデルを発見より先に示す変更などを述べた。
- Gehman, J., Glaser, V. L., Eisenhardt, K. M., Gioia, D., Langley, A., & Corley, K. G. (2018). Finding theory–method fit: A comparison of three qualitative approaches to theory building. Journal of Management Inquiry. DOI ↗Gioia、Eisenhardt、Langley らの対話。データ構造の要否や再現性をめぐる意見の違いと、理論と方法の適合を論じた。
- Langley, A., & Abdallah, C. (2011). Templates and turns in qualitative studies of strategy and management. Research Methodology in Strategy and Management, 6. DOI ↗Gioia 法を Eisenhardt 法と並ぶテンプレートと名づけ、解釈主義の前提、データ構造による提示の型と限界を分析した章(Gioia et al., 2013 より前)。Crossref のページ表記(201–235)は誤り。刷られたページは105–140。
- Mees-Buss, J., Welch, C., & Piekkari, R. (2022). From templates to heuristics: How and why to move beyond the Gioia methodology. Organizational Research Methods. DOI ↗Gioia 法の認識論的基盤を批判し、代案としてヒューリスティクスを示した。付録で7誌における使用の実態を調べた。
- Pratt, M. G., Sonenshein, S., & Feldman, M. S. (2022). Moving beyond templates: A bricolage approach to conducting trustworthy qualitative research. Organizational Research Methods. DOI ↗Gioia 法を主な例にテンプレートの問題を論じ、方法論的ブリコラージュを提案した。テンプレートの価値も認めている。
- Pratt, M. G. (2009). From the editors: For the lack of a boilerplate: Tips on writing up (and reviewing) qualitative research. Academy of Management Journal. DOI ↗帰納的な質的研究の書き方と査読の論説。コーダー間信頼性の必要はデータの種類によると述べた。
- Van Maanen, J. (1979). The fact of fiction in organizational ethnography. Administrative Science Quarterly. DOI ↗エスノグラフィーの1次の概念(事実)と2次の概念(理論)を区別した。
批判と境界条件
Mees-Buss et al. (2022) の批判は、テンプレートとしての使われ方だけでなく、方法論の認識論的な基盤にまで及ぶ。著者らは、Gioia 法が示す理論への帰納的な道筋は解釈という課題に応えていないと結論づける(Mees-Buss et al., 2022, p. 405)。データから理論への道筋には透明でない箇所があり、その弱さはより一般的にはナチュラリスト(naturalist)的な志向に帰せられる、というのが著者らの診断である(同 p. 413)。著者らは、第一世代のグラウンデッド・セオリーや Eisenhardt (1989) の事例研究のロードマップも、Gioia 法と同じ帰納主義的な前提を共有しているとみる(同 p. 423)。
著者らは、解釈上の課題を三つに分けて論じる。第一は主観的なフィールドデータを解釈すること、第二は理論化の過程で研究者の主観性に向き合うこと、第三は理論的な結論のもっともらしさ(plausibility)を確立することである(Mees-Buss et al., 2022, p. 409, Table 1)。第二の課題について著者らは、Gioia 法が研究者は白紙(tabula rasa)で現場に入るという非現実的な仮定を置いていると批判する(同 p. 413)。第三の課題については、厳密さ(rigor)は解釈的研究者が伝統的に好んできた語ではなく、Gioia et al. (2013) の著者らもそれを定義していない、と指摘する(同 pp. 412–413)。
代案として著者らが示すのが、テンプレートから「ヒューリスティクス(heuristics)」への転換である(Mees-Buss et al., 2022, p. 419)。ヒューリスティクスとは、新しい問いや洞察を生み出すのを助ける思考のパターンを指す(同 p. 419)。具体的には、データを問いただす「ここで本当は何が起きているのか(What is really going on here?)」、理論を生み出す「これは理論の言葉で何を意味するのか(What does this mean in theoretical terms?)」、もっともらしさを確かめる「自分はどこで間違っているかもしれないか(How might I be wrong?)」という三種の問いが、それぞれ三つずつの具体的な問いとともに示されている(同 p. 421, Table 3)。ただし著者らは、この問いのリストが網羅的だとも、すべての問いを一つの研究に意味のある形で当てはめられるとも主張しない(同 p. 421)。著者らは同時に、Gioia 法の体系的で標準化された手順が、「科学的でない」という非難に対する保険を研究者に与えてきたことも認めている(同 p. 406)。
Gioia (2021) は Mees-Buss et al. (2022) を名指ししておらず、ここで扱う文献の中に Gioia の側からの名指しの応答は見当たらない。テンプレート化については、Gioia 自身がそれ以前から懸念を表明していた。Gioia et al. (2013, pp. 25–26) は、研究者たちがこの方法論をテンプレートや「公式(formula)」として扱い、最近の研究のデータ構造の書式をそのまま複製していると懸念し、これは method ではなく methodology、すなわち革新に開かれた柔軟な方向づけであって「料理本(cookbook)」ではないと述べている。研究報告がこれから主に1次・2次の発見という言葉で語られるようになるのか、それはよいことか、という同僚の問いには、「いいえ」「いいえ」と答えている(同 p. 25)。Gehman et al. (2018, pp. 293–294) でも Gioia は、自分が開発した体系的なアプローチが質的研究のテンプレートになることは望まないと語っている。研究者の主観性をめぐる論点については、Gioia (2021, p. 25) 自身は、研究者は白紙ではありえないが洞察に富む見方はできると書いている。これは Mees-Buss et al. (2022, p. 413) の「白紙の仮定」という批判と論点が重なるが、この批判を受けて書かれたものだとは本文から確認できない。
テンプレート化の問題は Pratt et al. (2022) も論じている。著者らは、テンプレートの最も魅力的な特徴そのものから、研究者が自分のしていることとその理由を十分に理解しないまま進むという混乱が生じると論じ、テンプレートはせいぜい地図であり、研究という土地は地図よりはるかに複雑だと書く(Pratt et al., 2022, p. 213)。また、テンプレートに合わないために論文に書かれなかった有益な手順が「選び落とされる(select out)」危険も指摘している(同 p. 215)。著者らの代案は、Baker & Nelson (2005) のブリコラージュ(手持ちの資源でやりくりすること)の考えを借りた「方法論的ブリコラージュ(methodological bricolage)」で、自分の研究に合わせて分析の手(moves)を組み合わせ、問題を解くことを指す(Pratt et al., 2022, pp. 217, 219)。他方で著者らは、テンプレートが方法の正式な訓練を受けていない研究者にも質的研究を近づきやすいものにした功績を認め(同 p. 235)、Gioia 法の手順の一部または全部は、適切な状況では健全なものでありうる、自分たちも使ってきたと書いている(同 p. 217)。さらに、Gioia et al. (2013) の、テンプレートを考えなしに「公式」的に当てはめることへの警告には全面的に同意すると述べている(同 p. 213)。
Langley & Abdallah (2011) は、Gioia 法がそれ自体の基準では非常に成功したと認めたうえで(p. 121)、限界を三つ挙げている。第一に、単一事例を扱う傾向があるため、知見の移転可能性と意義を読者に納得させるという課題がある。もっともこれは、この研究者たちの妨げにはなっていないようだという(p. 121)。著者らの経験では、単一の事例は比較の設計より扱いにくいことが多く、洞察のない退屈な時系列の物語に陥りやすいという(同 p. 121)。第二に、モデルが2次のテーマというかなり高い集約の水準にとどまり、日々の出来事がなぜどのように起きるのかがある程度とばされることがある。コーディングとカテゴリー化による脱文脈化で、出来事の連鎖と相互作用が失われうるためかもしれないという(pp. 121–122)。第三に、解釈主義に根ざしながら、これらの研究はふつう単一の物語をつくり、視点の違いは「緊張」としてまとめられて深く掘り下げられない(p. 122)。
適用範囲の限界としては、Gehman et al. (2018, p. 298) の指摘が当てはまる。ある方法が多くの課題に適していても、あらゆる課題に適しているわけではなく、目指す理論的貢献の種類によって適切な方法の選択も変わる(Gehman et al., 2018, p. 298)。また、データ構造そのものが出来事の連鎖や概念間の相互作用をうまく表せないことは、Gioia et al. (2013, p. 28, 注4) の著者ら自身が認めている。
研究上の位置づけ
出典
- Gioia et al. (2013), Organizational Research Methods ↗
- Gioia (2021), Journal of Applied Behavioral Science ↗
- Gehman et al. (2018), Journal of Management Inquiry ↗
- Langley & Abdallah (2011), Research Methodology in Strategy and Management, 6, 105–140(Crossref のページ表記 201–235 は誤り。刷られたページは105–140) ↗
- Mees-Buss et al. (2022), Organizational Research Methods ↗
- Pratt et al. (2022), Organizational Research Methods ↗
- Pratt (2009), Academy of Management Journal ↗
- Van Maanen (1979), Administrative Science Quarterly ↗
本ページは学習用の要約です。正確な引用や議論には原典を確認してください。