理論・視点

トランザクティブ・メモリー(交換記憶)Transactive Memory

原典と照合済み本文の根拠にした文献は出典に記載(照合の手順)

一言で言うと

集団では、全員がすべてを覚えるのではなく、「誰が何を知っているか」を互いに把握し、記憶を分担している。この分担の仕組みが集団の知的な働きを支えるとする理論。

目次
説明したい問い集団は、メンバーの知識をどのように分担し、必要なときに引き出しているのか。

この理論で考えられる身近な疑問

01

中核的な問い

一人の人間が覚えられることには限りがある。それでも、長く一緒にいる夫婦やチームは、個人よりも多くのことを覚えているように振る舞える。集団としての記憶は、どのような仕組みで成り立っているのか。

02

主張とメカニズム

Ren & Argote (2011) によれば、Wegner, Giuliano & Hertel (1985) と Wegner (1987) は、親しい関係にある人々の間で、記憶が分担される仕組みをトランザクティブ・メモリーと名づけた。各人は自分の頭の中の記憶に加え、「この分野はあの人が詳しい」という、他者の知識についての知識を持つ。

新しい情報が入ると、それに詳しい人が覚える役を担う。必要なときには、詳しい人に尋ねて情報を引き出す。こうして各人が得意分野を深めつつ、集団全体では個人を超える量の知識を扱えるようになる。この仕組みは、メンバーが互いの専門を正しく把握し、信頼して頼れるときにうまく働く。

03

身近な例

ゼミの共同発表で、統計に強い人は分析、文章が得意な人は原稿、話がうまい人は発表を担う。質問が来たとき、他のメンバーは「それは○○さんが答えます」とすぐ振ることができる。メンバーが毎回入れ替わると、この「誰に聞けばよいか」の地図を作り直す必要がある。

04

主要概念

トランザクティブ・メモリー・システム(transactive memory system)
メンバー個人の記憶の集まりと、メンバーの間のやりとり(誰が何を知っているかにもとづいて、情報を覚える人を割り振り、必要なときに引き出すこと)とが組み合わさった、集団の記憶の仕組み。
専門性(specialization)
メンバーがそれぞれ異なる領域の知識を深めている程度。
信憑性(credibility)
他のメンバーの知識が正確で頼れると信じている程度。
調整(coordination)
メンバーが知識を滞りなく組み合わせて作業できる程度。
05

代表的な展開研究

  • Liang, D. W., Moreland, R., & Argote, L. (1995). Group versus individual training and group performance: The mediating role of transactive memory. Personality and Social Psychology Bulletin. DOI ↗メンバーが一緒に訓練を受けると交換記憶が育ち、それが集団の成果を高めることを実験で示した。
  • Lewis, K. (2003). Measuring transactive memory systems in the field: Scale development and validation. Journal of Applied Psychology. DOI ↗Liang et al. (1995) の観察指標をもとに、専門性・信憑性・調整という3つの表れから交換記憶の存在を推し量る15項目の尺度を開発した。実験室と現場の両方で使え、最も広く使われる尺度となった。
06

批判と境界条件

メンバーの入れ替わりは、トランザクティブ・メモリーの働きを乱す。Ren & Argote (2011, pp. 204–205) の整理によれば、メンバーが抜けると、他のメンバーはその人の専門知識に頼れなくなる。Moreland, Argote & Krishnan (1996) の実験では、全員が入れ替わったチームの仕組みは完全に働かなくなった。一方、入れ替わりが一部であれば、入れ替わりがない場合ほどではないが、仕組みはある程度の価値を保つ(Lewis et al., 2007)。Ren & Argote (2011, p. 205) は、損失の大きさは新しいメンバーの専門が抜けた人とどれだけ似ているかによるとし、異動で入れ替える人数を少なくし、新メンバーの知識や技能の情報を集団に与えれば混乱は小さくできると述べる(p. 220)。

「誰が何を知っているか」の認識が古くなることも問題になる。Ren & Argote (2011, p. 204) は、メンバーの専門が変わればこの認識は時代遅れになりうるとし、その心配は頻繁にやりとりする小さな集団では小さいが、大きな集団や離れた場所にいるメンバーからなる集団では大きくなると述べる。Lewis & Herndon (2011, p. 1255) の紹介によれば、Lewis et al. (2007) の実験では、メンバーが一人抜けて一人加わった集団は、古くなった仕組みに頼り続け、成績を落とした。ただし、集団の知識について立ち止まって振り返るよう促されると、この硬直は消え、入れ替わりのなかった集団より高い成績を上げた。

互いの専門を知る機会が少ない集団でも、仕組みは育ちにくいとされる。Ren & Argote (2011, p. 209) の整理によれば、Griffith, Sawyer & Neale (2003) は、離れた場所で働くと経験を共有する機会が減るため、バーチャルチームではこの仕組みが育ちにくいと論じた。ただし、Kanawattanachai & Yoo (2007) の研究では、対面で会えないチームも、コンピューターを介したやりとりだけで仕組みを育てていた(Ren & Argote, 2011, pp. 201–202)。また Lewis & Herndon (2011, p. 1255) は、メンバーは知識を進んで共有するという暗黙の前提に疑問を投げる研究として、専門家どうしの目標が食い違うと役立つ知識が共有されないおそれがあるとした Jarvenpaa & Majchrzak (2008) を挙げている。

どんな仕事にも同じように役立つとは限らない点も指摘されている。Lewis & Herndon (2011, pp. 1258, 1260) は、これまでの研究が仕事の種類をほとんど考慮していないと指摘し、分担できない仕事、メンバーの目標が対立する仕事、正解がはっきりしない仕事では、この仕組みが成果に与える意味は小さくなるという命題を示した。一方で Ren & Argote (2011, p. 205) は、仕組みが育つ条件についての結果に比べ、集団の成果に与える影響についての結果はずっと一貫していると述べている。

研究上の位置づけ

原典Wegner, D. M. (1987)
Transactive memory: A contemporary analysis of the group mind
分類理論
地図の区画組織行動
分析単位二者関係 · チーム
理論系譜認知 · 心理学
REFERENCES

出典

本ページは学習用の要約です。正確な引用や議論には原典を確認してください。