パラドックス理論Paradox Theory
原典と照合済み本文の根拠にした文献は出典に記載(照合の手順)
一言で言うと組織には、短期と長期、効率と創造、統制と自由のように、矛盾しながらも両方必要な要素がつきまとう。どちらかを選ぶのではなく、両方を抱え続けることが長期的な成果につながる、とする理論。
目次
この理論で考えられる身近な疑問
中核的な問い
「利益か、社会貢献か」「既存事業か、新規事業か」。経営は多くの二者択一を迫るように見える。しかし、どちらか一方を選ぶと、やがて捨てた側の問題が大きくなる。矛盾とどう付き合えばよいのか。
主張とメカニズム
Schad et al. (2016) の整理によれば、Smith & Lewis (2011) は、パラドックスを「矛盾しつつも相互に関連し、同時に存在し、時間を通じて持続する要素」と定義した。そして、組織の主要なパラドックスを、学習(新旧)、所属(個人と集団)、組織化(統制と柔軟性)、遂行(多様な目標)の四つに分類した。
Schad et al. (2016) の整理によれば、人は矛盾に直面すると、片方に寄ったり矛盾から目をそらしたりして不安を減らそうとする(防衛反応)。これは不安を和らげるが、かえって悪循環を生む。反対に、Smith & Lewis (2011) は、矛盾を長期的には受け入れつつ、短期的には両者の相乗効果を探したり、両方を交互に支えたりする「動的な均衡」のモデルを示し、それが持続性につながるとした(Schad et al., 2016; Cunha & Putnam, 2019)。
身近な例
ある経営者が、「今期の利益を守る」という要求と「将来の新規事業に投資する」という要求の間で、会議ごとに比重を変えながら両方を追い続ける。これはぶれているのではなく、矛盾を管理する一つのやり方だと理解できる。
主要概念
- パラドックス(paradox)
- 矛盾しつつ相互に関連し、持続的に存在する要素の組み合わせ。
- ジレンマ(dilemma)
- どちらか一方を選べば解決する二者択一。パラドックスとは区別される。
- 動的均衡(dynamic equilibrium)
- 矛盾する要素の間を行き来しながら、全体として保たれるバランス。
代表的な展開研究
- Lewis, M. W. (2000). Exploring paradox: Toward a more comprehensive guide. Academy of Management Review. DOI ↗パラドックスの認識、強化の悪循環、管理の仕方を整理した。
- Smith, W. K. (2014). Dynamic decision making: A model of senior leaders managing strategic paradoxes. Academy of Management Journal. DOI ↗経営陣が探索と活用の矛盾を、決定を行き来させながら管理する過程を示した。
批判と境界条件
Cunha & Putnam (2019, p. 99) は、近年のレビューが指摘するように、パラドックス理論には定義の一貫性が欠けていると述べた。「パラドックス」という語は、不可解な状況、対立、難しい選択などにも使われ、矛盾、二元論、弁証法、緊張関係といった、近いが別の概念と同じように使われることも多い(p. 99)。これらが区別しにくいのは、パラドックスが組織のあらゆる緊張や矛盾を覆う傘のような概念になっているためだという(p. 99)。そのうえで彼らは、矛盾・相互依存・持続を柱とする Smith & Lewis (2011) の定義を、共通の理解をつくる出発点に挙げている(p. 99)。Schad et al. (2016, p. 12) も、弁証法では統合(ジンテーゼ)が新たな対立に出会うのに対し、パラドックスでは緊張そのものが持続する点で異なると整理している。
Cunha & Putnam (2019, p. 97) はまた、「両方とも(both-and)」の対応が創造性や好循環を生むという見方に、研究者が早すぎる収束をしていると批判した。その結果、「どちらか一方(either-or)」の対応はひとまとめに効果がないものとされ、「OR の専制」というレッテルを貼られてきたという(p. 97)。彼らは、対応を状況に応じて使い分けるレパートリーとして捉えるべきで、either-or と both-and などを組み合わせることが有効な場合もあると主張した(p. 97)。Cunha & Putnam (2019, p. 98) の整理によれば、Davis & Eisenhardt (2011) は、意思決定の主導権を交代させるやり方のほうが、均衡や合意によるリーダーシップより多くのイノベーションを生むことを示した。Schad et al. (2016, p. 47) も、両極の間の移行がどんな条件で起こるかを明らかにするには、コンティンジェンシー理論が役立ちうると述べている。
さらに Cunha & Putnam (2019, p. 98) は、学習・所属・組織化・遂行という四つの類型が、問い直されないまま既成の分類として使われていると指摘した。そのため、この分類に収まらないパラドックスが見落とされ、類型どうしの関係も実証的に調べられていないという(p. 98)。また、動的均衡のモデルは秩序を保つという支配的な論理を守っており、その分、秩序と無秩序の相互作用を調べることがおろそかになっている(p. 99)。パラドックスを技術的な問題として扱う傾向は、権力の問題を見えにくくしているとも述べた(pp. 100–101)。なお著者らは、これは Smith & Lewis (2011) への反対ではなく、パラドックス研究者の共同体の内側から、分野を活気あるものに保つための議論だとしている(p. 97)。
Schad et al. (2016, pp. 6, 8) は、1990年から2014年までの経営学のパラドックス研究を内容分析した。その結果、パラドックスの類型、集団としての対応、成果は多く研究されてきたが、要素どうしの関係、個人の対応、時間を通じた動き(動態)は手薄だった(p. 8)。彼らは、研究が単純化の方向に進んで重要な洞察を見落としているおそれがあるとし、哲学や心理学の源流に立ち返って、これらの手薄な主題を深めるよう提案した(p. 35)。
研究上の位置づけ
出典
- 原典Smith, W. K., & Lewis, M. W. (2011). Toward a theory of paradox: A dynamic equilibrium model of organizing. Academy of Management Review. DOI ↗
- Schad, Lewis, Raisch & Smith (2016). Paradox research in management science: Looking back to move forward. Academy of Management Annals. ↗
- Cunha & Putnam (2019). Paradox theory and the paradox of success. Strategic Organization. ↗
- Davis & Eisenhardt (2011). Rotating leadership and collaborative innovation: Recombination processes in symbiotic relationships. Administrative Science Quarterly. ↗
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