研究法

推論の型(演繹・帰納・アブダクション)Deduction, Induction, and Abduction

研究で使う推論には、一般から個別を導く演繹、個別から一般を推す帰納、驚くべき観察からそれを説明する仮説を推すアブダクションがある。どれも確かさを保証せず、どの研究の型も三つを組み合わせて使う。論文は考えた順ではなく、再構成された順で書かれている。

この項目が扱う問い研究者はデータから、どうやって理論にたどり着くのか。
01

三つの推論

研究では、データから理論へ、理論からデータへと、いくつもの推論を行き来する。Mantere & Ketokivi (2013, p. 71) は、推論の三つの型を、袋に入った豆の例で説明している。「この袋の豆はすべて白い」(規則)、「これらの豆はこの袋から出した」(説明)、「これらの豆は白い」(観察)という三つの文を考える(p. 71)。豆をデータ、袋を理論と考えればよい(同 p. 71)。

演繹は、一般的なことから個別のことについての結論を導く(p. 71)。規則と説明から、観察を予測する。帰納は、観察と説明から規則を推し量り、個別から一般へ進む(p. 71)。アブダクションは、規則と観察から出発し、規則に照らして観察をうまく説明するなら、その説明を推し量る(p. 71)。著者らのまとめでは、演繹で予測し、確かめ、反証し、帰納で一般化し、アブダクションで理論をつくる(p. 72)。

アブダクションは、哲学者 Peirce が論じた推論である。Timmermans & Tavory (2012, p. 171) は、Peirce の定式化を「驚くべき事実 C が観察される。しかし A が真なら、C は当然のことになる。したがって、A が真だと疑う理由がある」と紹介している。Locke et al. (2008, p. 907) が引く Peirce の言葉では、演繹は何かがそうでなければならないことを証明し、帰納は何かが実際に働いていることを示し、アブダクションは何かがそうでありうることを示唆するにすぎない。Behfar & Okhuysen (2018, p. 325) は、これを、アブダクションはもっともらしい説明、帰納は確からしい説明、演繹は確実な説明を与える、とまとめている。

このサイトでは Peirce の原典は読んでおらず、上の紹介はいずれも経営学・社会学の論文を通したものである。

02

どの推論も、確かさを保証しない

帰納には、よく知られた帰納の問題がある。何度観察しても、そこから規則が論理的に導かれるわけではない(Mantere & Ketokivi, 2013, p. 71)。そのため、同じデータから、どれもデータと整合する複数の一般化をつくることができる(Ketokivi & Mantere, 2010, p. 316)。

アブダクションはさらに弱い。厳密に言えば、それは「後件肯定の誤謬」の特殊な場合で、結論を推す論理的な根拠はない(Mantere & Ketokivi, 2013, p. 72)。どの説明が「最善」かを決める基準も、一つには定まらない(p. 73)。

演繹は論理としては確実だが、実際の理論にそのまま当てはまるわけではない。自然言語で書かれた理論の前提と結論を、すべて論理的に欠陥なく書き出すことはできず(Mantere & Ketokivi, 2013, p. 76)、規範的な意味で論理的に一貫した組織の理論はない(同 p. 76)。著者らは、演繹として妥当な形で反証された組織の理論を一つも思いつかず、本格的に反証を試みた例すら知らないと書いている(p. 80)。

03

アブダクション:驚きから説明へ

Sætre & Van de Ven (2021, p. 684) は、理論づくりを三つの段階に分ける。アブダクションで現象を説明しうる着想を得て、演繹で理論を組み立てて正当化し、帰納で理論を検証する(p. 684)。最初のアブダクションは、一瞬のひらめきではなく、変則を観察する、変則を確かめる、着想を生み出す、着想を評価するという、繰り返しうる四つのステップからなるという(p. 686)。変則とは、既存の知識では説明できない、またはよく分からない、新しい、あるいは予想外の現象である(p. 684)。

著者らが挙げる例の一つが、心理的安全性の研究の出発点である。Edmondson は、病院の投薬ミスの研究で、業績の良いチームほどミスが多いという変則に出会い、「良いチームはミスが多いのではなく、多く報告するのだ」と考えた(Sætre & Van de Ven, 2021, p. 687)。ただし、これをアブダクションの例とするのは著者らの解釈で、Edmondson 自身がそう分類したわけではない(p. 687)。また、変則は量的なデータからも質的なデータからも生まれうる(同 p. 687)。

変則は客観的にそこにあるのではなく、注意深い人が自分の予想からのずれとして気づくものである(Sætre & Van de Ven, 2021, p. 688)。Timmermans & Tavory (2012, p. 173) も、予想外の観察が意味をもつのは、その重要さに気づける、理論に通じた観察者がいるからだとする。着想の評価の基準は、確率的な検証ではなくもっともらしさである(Sætre & Van de Ven, 2021, p. 691)。著者らの標語は、「前提はゆるく、変則はしっかり握れ」である(p. 694)。

Locke et al. (2008, p. 908) は、Peirce の議論を引いて、疑いをアブダクションの原動力と位置づけた。疑いは研究の過程の欠陥ではなく欠かせない一部であり、問題は疑うかどうかではなく、どう付き合うかだという(p. 908)。そのための原則として、分からないことに向き合う、漠然とした着想を育てる、秩序をかき乱すの三つを挙げている(pp. 912–915)。

04

研究の型と推論は一対一ではない

方法論の文献では、理論検証は演繹的、質的データによる理論構築は帰納的、解釈的研究はアブダクション的、と対応づけられることが多い(Mantere & Ketokivi, 2013, p. 75)。Mantere & Ketokivi (2013, p. 76) は、実際にはどの研究の伝統も三つの推論をすべて使っており、推論の型を研究の設計全体のラベルにするのは誤解を招くと退けた。違いは、三つをどう組み合わせるかにある(p. 76)。

たとえば、仮説を検証する研究でも、「革新性」を研究開発費の比率で測ると決めるのは、演繹でも帰納でもない解釈、つまりアブダクションである(Mantere & Ketokivi, 2013, p. 82)。逆に質的研究でも、先行研究に「隙間」があると論じるのは演繹である(p. 78)。

Behfar & Okhuysen (2018, p. 323) は、仮説演繹型の研究も、仮説を立てる、結果を説明する、複数の研究をつなぐ、といった場面で、説明を探し発見する推論に大きく頼っていると論じた。仮説を検定したあとの事後分析や、有意でなかった結果や予想外の結果を考察する箇所にも、アブダクションがある(p. 327)。著者らは、それを暗黙のままにせず、表に出し(surfacing)、仮説演繹の論理の鎖をつなぐために使い(complementing)、結果が互いに矛盾するときには仮説演繹の代わりに使う(substituting)ことを提案している(pp. 327–328)。

05

質的研究では:グラウンデッド・セオリーをめぐって

Timmermans & Tavory (2012) は、理論がデータから帰納的に生まれるとするグラウンデッド・セオリーの考え方を批判した。その創始者たちは、既存の理論にとらわれずに新しい理論をつくれと勧める一方で、新しい理論をつくるには既存の理論に広く通じた理論的感受性が要るとも言っており、ここに矛盾があった(p. 170)。その矛盾は、「帰納は理論を生まない」という論理の問題を避けていた(p. 170)。一方で著者らは、コーディングやメモ書きといったグラウンデッド・セオリーの手順は、質的な社会学への持続的な貢献だと評価している(p. 169)。

代わりに提案したのがアブダクティブ分析である。それは、多くの既存の理論を背景にして、変則的で驚くべき発見を、体系的な方法による分析を通じて育てる、理論構築のための質的データ分析の方法である(p. 169)。研究者は、理論を持たない「無神論者」でも一つの理論だけを信じる「一神教徒」でもなく、多くの理論を知る「不可知論者」であるべきだという(p. 169)。方法としては、同じ観察を何度も見直す、見慣れたものを異化する、観察を別の事例として捉え直す、の三つを挙げる(pp. 176–177)。

この批判には、グラウンデッド・セオリーの側からの見方もある。Timmermans & Tavory (2012, p. 168) 自身が紹介しているように、グラウンデッド・セオリーはもともとアブダクションに近いと論じる研究者もいる。理論的な突破口が少ない理由を、原則の不完全な適用に求める見方もある(同 p. 168)。このサイトのグラウンデッド・セオリーの項目も、その方法の中でのアブダクションの位置づけに触れている。

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考えた順と、書かれた順

論文に書かれた研究の流れは、実際に考えた順番とは限らない。Ketokivi & Mantere (2010, p. 328) は、ページの制限や査読者の示唆、社会的な慣習のために、20ページの論文は研究の実践を映すことはなく、再構成にすぎないと書いている。研究者も意思決定者と同じく限られた合理性しかもたないので、再構成をなくすことはできない(同 p. 328)。Van Maanen et al. (2007, p. 1149) も、見込みのある研究ではたいてい起きているアブダクションの過程が、ほとんど見えなくなっていることを皮肉だとした。活字になった研究は、想像や誤った推測が何の役割も果たさない、検証の演習のように見える(p. 1150)。

ただし、再構成が避けられないことと、偽ることは別である。Behfar & Okhuysen (2018, p. 327) は、アブダクションで得た説明を、演繹で導いたかのように示すことを誤りとした。データから見つけたパターンにもとづく仮説を、あらかじめ考えていたかのように示すこと(結果を知ってから仮説を立てる HARKing)は、もっともらしいにすぎない主張を確実なものとして示すことになる(p. 327)。査読者が、結果に合わせて仮説を書き直すよう求めることも、同じ種類の問題だとしている(p. 327)。提案は、「事後分析」の節を「アブダクティブな説明」の節と呼び変えることである(p. 338)。

質的研究でも同じことが言える。Mantere & Ketokivi (2013, p. 83) は、理論の概念や命題が最初からデータの中にあったかのように書くのではなく、それをつくるうえで研究者の認知が果たした役割を認めるべきだとした。Behfar & Okhuysen (2018, p. 327) が引く Mintzberg の言葉では、「データは理論を生まない。理論を生むのは研究者だけだ」。

反対側の見方もある。Ketokivi & Mantere (2010, p. 328) 自身、推論の手続きを客観的な規準で評価する考え方(理想化)を捨てれば、対立する理論を公平に検証する可能性そのものが失われると書いている。また Behfar & Okhuysen (2018, p. 327) は、アブダクションが語られにくい理由の一つに、結果を変えるような外れ値の除去など、不誠実なデータの扱いへの正当な嫌悪があることを認めている。

07

論文を読むときの目安

第一に、「理論がデータから浮かび上がった」という書き方を、そのまま受け取らない。研究者がどう考えてその解釈にたどり着いたのかが書かれているかを見る(Ketokivi & Mantere, 2010, p. 322)。第二に、仮説がどこから来たのかを見る。事後の分析や予想外の結果の解釈は、アブダクションによるもっともらしい説明であり、検証された結論ではない(Behfar & Okhuysen, 2018, p. 325)。第三に、仮説と合うデータが出ても、同じデータが別の理論とも合いうることを忘れない(Mantere & Ketokivi, 2013, p. 83)。

08

主な文献

  • Mantere, S., & Ketokivi, M. (2013). Reasoning in organization science. Academy of Management Review. DOI ↗三つの推論を定義し、どの研究の伝統も三つをすべて使うことを示した。
  • Ketokivi, M., & Mantere, S. (2010). Two strategies for inductive reasoning in organizational research. Academy of Management Review. DOI ↗帰納の問題への二つの対処(理想化と文脈化)を示し、論文は研究の再構成だと論じた。
  • Sætre, A. S., & Van de Ven, A. H. (2021). Generating theory by abduction. Academy of Management Review. DOI ↗アブダクションを、変則の観察から着想の評価までの四つのステップとして描いた。
  • Timmermans, S., & Tavory, I. (2012). Theory construction in qualitative research: From grounded theory to abductive analysis. Sociological Theory. DOI ↗グラウンデッド・セオリーの帰納主義を批判し、アブダクティブ分析を提案した。
  • Behfar, K., & Okhuysen, G. A. (2018). Perspective—Discovery within validation logic: Deliberately surfacing, complementing, and substituting abductive reasoning in hypothetico-deductive inquiry. Organization Science. DOI ↗仮説演繹型の研究の中にあるアブダクションを明示し、意図的に使う方法を示した。
  • Locke, K., Golden-Biddle, K., & Feldman, M. S. (2008). Perspective—Making doubt generative: Rethinking the role of doubt in the research process. Organization Science. DOI ↗疑いをアブダクションの原動力とし、疑いを生かす三つの原則を示した。
  • Van Maanen, J., Sørensen, J. B., & Mitchell, T. R. (2007). The interplay between theory and method. Academy of Management Review. DOI ↗理論と方法の相互依存を論じ、発見の過程が出版慣行で隠されていると指摘した。
09

批判と境界条件

この項目の根拠にも限界がある。用語の使い方は論文によって違う。Ketokivi & Mantere (2010) は「帰納」を、最善の説明への推論(アブダクション)まで含む広い意味で使っている(p. 319)。Sætre & Van de Ven (2021) は理論の検証を「帰納」と呼んでおり、仮説を検証する研究を「演繹的」と呼ぶ Mantere & Ketokivi (2013, p. 75) とは言葉の割り当てが違う。Behfar & Okhuysen (2018, p. 325) は、アブダクションは一般的な理論ではなく個別の説明を目指すとしており、アブダクションを理論づくりの出発点とする Sætre & Van de Ven (2021) とは力点が違う。Timmermans & Tavory (2012, p. 169) は、理論をつくる決まった公式はないと断っており、Van Maanen et al. (2007, p. 1153) も、アブダクションがとりうる形はよく分かっていないと認めている。Peirce の原典はこのサイトでは読んでおらず、同じ Peirce の一文でも、論文によって引用の文言や典拠の版が違う。

研究上の位置づけ

分類Philosophy of science
地図の区画組織・意思決定
分析単位個人
理論系譜認知
REFERENCES

出典

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