i-deals・個別配慮Idiosyncratic Deals (I-deals)
原典と照合済み本文の根拠にした文献は出典に記載(照合の手順)
一言で言うと従業員が雇用主と個別に交渉して、同僚とは異なる働き方や処遇の条件を得ることがある。こうした個別の取り決めは、従業員と組織の双方に利益をもたらしうるが、同僚から公正だと受け止められるかどうかが鍵になる、とする理論。
目次
この理論で考えられる身近な疑問
中核的な問い
多くの組織は、同じ職種の人に同じ規則と処遇を当てはめようとする。しかし実際には、勤務時間を調整してもらう人、特別な研修の機会を得る人など、個別の条件で働く人がいる。こうした違いは、えこひいきなのか、それとも組織にとっても意味のある工夫なのか。
主張とメカニズム
Rousseau, Ho & Greenberg (2006) は、i-deals を「個々の従業員と雇用主のあいだで交渉される、自発的で個人ごとに異なる、標準から外れた取り決めであり、その条件が双方に利益をもたらすもの」と定義した。i-deals は、従業員が個別に交渉して得るものであり、同じ仕事をする同僚とは条件が異なる。雇用主の側から持ちかけることもあるが、原典は従業員が持ちかける i-deals に焦点を当てた。その範囲は、条件の一部だけが違うものから、給与や勤務時間から職務・肩書きまでほとんどすべての条件が個別に決められるものまでさまざまである。
原典は、i-deals を、えこひいきや縁故による特別扱い、従業員が許可なく雇用主の資源を私的に使うのを黙認されるような取り決めと区別した。えこひいきは個人的な関係や政治的なつながりをもとに与えられ、組織の利益になるとは限らない。これに対して i-deals は、価値の高い人材を引きつけたり引き留めたりするなど、組織の側にも利益がある。また、採用のときに結ばれるもの(事前)と、入社後に働きぶりが認められてから結ばれるもの(事後)という、交渉の時期の違いにも注目した。
i-deals は本人と雇用主の二者だけの問題ではない。条件の違いを目にする同僚がそれを公正だと受け止めるかどうかによって、職場の協力関係が保たれるかが左右される。原典は、取り決めの手続きが開かれていることや、同僚も自分にも同じ機会があると思えることが、公正さの受け止めを支えると論じた。
身近な例
たとえば、あるソフトウェア会社の社員が、親の介護のために、週に2日は在宅で働けるよう上司に相談したとしよう。会社は、経験を積んだこの社員に辞められると困るので、条件を認めた。これは本人にも会社にも利益がある個別の取り決めである。ただし、同じチームの同僚が「あの人だけ特別扱いだ」と感じれば、不満が生まれる。上司が、同じ事情があれば誰でも相談できることをチームに伝えておけば、同僚はこの取り決めを受け入れやすくなる。
主要概念
- i-deals(idiosyncratic deals)
- 個々の従業員が雇用主と交渉して得る、標準とは異なる個別の雇用条件で、双方に利益をもたらすもの。
- 事前の i-deals(ex ante i-deals)
- 採用の交渉の段階で結ばれる個別の取り決め。
- 事後の i-deals(ex post i-deals)
- 入社後、働きぶりや信頼関係をもとに結ばれる個別の取り決め。
- えこひいき(favoritism)
- 個人的な関係や政治的なつながりをもとに与えられ、組織の利益になるとは限らない特別扱い。i-deals とは区別される。
代表的な展開研究
- Hornung, S., Rousseau, D. M., & Glaser, J. (2008). Creating flexible work arrangements through idiosyncratic deals. Journal of Applied Psychology. DOI ↗Liao, Wayne & Rousseau (2016) の整理によれば、この研究は、勤務時間などの柔軟性に関する i-deals と、能力開発に関する i-deals を分けて調べた。自発性の高い人ほど両方の i-deals を得やすく、柔軟性の i-deals は仕事と家庭の葛藤と負の関係に、能力開発の i-deals は正の関係にあった。
- Liao, C., Wayne, S. J., & Rousseau, D. M. (2016). Idiosyncratic deals in contemporary organizations: A qualitative and meta-analytical review. Journal of Organizational Behavior. DOI ↗i-deals 研究を質的なレビューと23研究のメタ分析によって整理し、西洋と東洋の文化による違いを検討したうえで、多層的な視点を中心に今後の研究課題を示した。
批判と境界条件
原典の著者自身が、i-deals には「暗い面」もあると認めている (Rousseau et al., 2006, p. 991)。i-deals は同僚のあいだに条件の違いを生むため、それに目を配らなければ不公正の感覚を強め、組織の信頼と協力を損なうおそれがある (p. 978)。上司が特別な関係にある部下の貢献を高く見積もりすぎて認める場合のように、i-deals とえこひいきの境目はあいまいになりうる (p. 980)。取り決めが秘密のうちに結ばれると、同僚はそれを不公正だと判断しやすい (p. 987)。また、市場で評価される働き手ほど、同僚よりかなり大きな報酬や特典を求められる立場にある (p. 978)。雇用主は転職しやすい人を、同じくらい有能でも動けない人より手厚く扱いがちで、これは強い反発を招きうる (p. 988)。
それでも原典は、同僚が他人の i-deals を必ず不公正と見るわけではないとして、公正さを左右する条件を挙げた (p. 987)。同僚は、自分にも同じくらい望ましい条件を得る機会があると思えるほど、その i-deal を公正だと受け止める (p. 988)。同僚に負担がかかる i-deal は公正と見られにくく、同僚にも利益がある i-deal は受け入れられやすい (p. 989)。そして、i-deals は開かれた形で伝えられるほど公正だと感じられやすい、というのが原典の実務への示唆である (p. 991)。
Lai, Rousseau & Chang (2009) は、研究開発部門の20グループ65人を調べ、同僚の受け止め方を実証した (p. 547)。同僚は、親しい友人の i-deal ほど受け入れやすかった (p. 551)。会社との関係を長期の相互支援(社会的交換)と感じる人は受け入れやすく、賃金と労働の取引(経済的交換)と感じる人は受け入れにくかった (p. 551)。自分も将来同じような取り決めを得られるという見込みも、受け入れと正の関係にあった (p. 551)。ただし、この見込みが交換関係の効果を媒介するという検定は5%水準で有意でなく、著者たちは慎重な解釈を求めている (p. 553)。また、1社の小さな標本であり、取り決めが目に見えやすい、受け入れが起こりやすい環境を調べた可能性があることも認めている (p. 553)。
Liao, Wayne & Rousseau (2016) は、23研究(27標本、8110人)のメタ分析で、i-deals と組織からの支援の知覚や職務満足との関係が、西洋と東洋の両方で見られると報告した (p. S9, S21)。一方で、西洋では若い人ほど i-deals を得やすく、東洋では女性がやや不利だった (p. S22)。同じレビューは、交渉のうまい人ほど多くの有利な i-deals を得て集団の公正さを損ないうることを、i-deals を活用するうえでの大きな課題としている (p. S10)。また、秘密にすると i-deals とえこひいきの区別がぼやけうるとして、秘密と透明性の影響を調べるよう求めた (p. S23)。研究上の限界として、著者たちは、メタ分析の研究数が少ないこと (p. S22)、研究の多くが横断調査で因果は結論できないこと (p. S24)、「双方に利益がある」という定義の中心がまだ直接確かめられていないこと (p. S15) を挙げている。
研究上の位置づけ
I-deals: Idiosyncratic terms in employment relationships
出典
- 原典Rousseau, D. M., Ho, V. T., & Greenberg, J. (2006). I-deals: Idiosyncratic terms in employment relationships. Academy of Management Review. DOI ↗
- Lai, Rousseau & Chang (2009). Idiosyncratic deals: Coworkers as interested third parties. Journal of Applied Psychology. ↗
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