イノベーションの普及Diffusion of Innovations
原典と照合済み本文の根拠にした文献は出典に記載(照合の手順)
一言で言うと新しいアイデアや製品は、人々のあいだのコミュニケーションを通じて時間をかけて広がり、その速さはイノベーションの性質や採用する人の特徴によって決まる、とする理論。
目次
この理論で考えられる身近な疑問
中核的な問い
便利な新製品でも、すぐに誰もが使うわけではない。ある人はすぐに試し、ある人は長いあいだ使わない。新しいものが社会に広がる速さや順番は、何によって決まるのか。
主張とメカニズム
Greenhalgh et al. (2004) によれば、Rogers は農村社会学の研究の中で普及の概念を最初に発展させた。Rogers (2002) は、普及を「イノベーションが、あるコミュニケーション経路を通じて、時間をかけて社会システムの成員のあいだに伝えられる過程」と定義している。
Rogers (2002) によれば、採用の早さ(革新性)によって、人々はイノベーター、初期採用者、初期多数派、後期多数派、遅滞者の五つに分けられる。採用の時期の分布は多くの場合に正規分布になり、五つの区分はそれぞれ、最初の2.5%、次の13.5%、次の34%、次の34%、最後の16%にあたる。初期採用者は、多くの社会システムで、ほかのどの区分よりもオピニオン・リーダーとしての度合いが高く、採用を考える人は初期採用者に助言や情報を求める。保健の分野では、オピニオン・リーダーを通じてイノベーションを導入し、普及を速めた取り組みがあるという。
また、普及の速さに影響するイノベーションの性質として、相対的優位性(今あるものより良いか)、両立性(今の価値観や過去の経験、必要に合うか)、複雑性(理解や利用が難しいか)、試行可能性(試せるか)、観察可能性(成果が見えるか)の五つが挙げられる。
身近な例
新しい決済アプリは、まず新しいもの好きの人が使い始める。職場や友人の中で詳しい人が勧めると周りも使うようになり、「みんな使っている」段階になって、慎重な人もようやく使い始める。初回の割引で「試しやすく」するのは、試行可能性を高める工夫といえる。
主要概念
- 採用者カテゴリー(adopter categories)
- イノベーションを採用する時期の早い順に、社会の成員を五つに分けた区分。
- オピニオン・リーダー(opinion leader)
- 周囲の人の考えや行動に、とくに大きな影響を与える人。
- 相対的優位性(relative advantage)
- イノベーションが、それに置き換わる既存のものより優れていると受け止められる程度。
代表的な展開研究
- Bass, F. M. (1969). A new product growth for model consumer durables. Management Science. DOI ↗他の人の決定と関係なく採用する「イノベーター」と、先に採用した人が増えるほど採用への圧力を受ける「イミテーター(模倣者)」を分け、新しい耐久消費財を初めて購入する時期を数式で表すモデルを示した。
- Abrahamson, E. (1991). Managerial fads and fashions: The diffusion and rejection of innovations. Academy of Management Review. DOI ↗普及研究の主流の見方には、イノベーションとその普及が採用者に利益をもたらすとみる偏り(プロ・イノベーション・バイアス)があると指摘し、技術的に非効率なイノベーションが広がり、効率的なものが退けられる過程を論じた。そのために、集団の外の組織が普及を左右するかどうかと、模倣が普及や棄却を動かすかどうかという二つの次元で、効率的選択、強制的選択、流行(ファッション)、一時的流行(ファッド)の四つの見方を分けた。
批判と境界条件
Greenhalgh et al. (2004, pp. 589–590) の整理によれば、Rogers が普及の概念を打ち立てた農村社会学をはじめとする初期の普及研究は、頑健な実証的知見を生んだ一方で、理論上の限界を抱えていた。とくに、イノベーションは必ずそれ以前のものより優れており、採用のほうが不採用や拒否よりも研究に値するという前提は誤りだったとされる(p. 590)。ほかにも、分析の単位は個々のイノベーションや採用者だけだという前提、採用のパターンは固定した性格特性の表れだという前提、普及研究の知見はどんな状況にもそのまま移せるという前提が、誤りとして挙げられている(p. 590)。
Greenhalgh et al. (2004, p. 598) は、「初期採用者」「遅滞者」といった採用者カテゴリーが、説明のための変数として広く誤用されてきたと指摘する。こうした型にはまった、価値判断を含む呼び名には実証的な裏づけがほとんどなく、採用者を、複雑なイノベーションに目的をもって創造的に関わる行為者として捉えていないという(p. 598)。また、イノベーションの性質は、イノベーションに備わった固定の特徴ではなく、採用を確実に決めるものでもない(p. 598)。採用の速さを決めるのは、イノベーションと採用者と特定の状況との相互作用だとされる(p. 598)。さらに、普及研究の多くは、個人が採用の単位となる単純な製品型のイノベーションを扱ってきたので、その知見を、組織の構造や仕事の進め方の変更を伴う複雑なイノベーションに広げすぎてはならないとする(p. 600)。
何を「採用」とみなすかという測り方の問題もある。Fichman & Kemerer (1999, 第1節) によれば、普及のモデル化では、採用を購入や入手と定義し、その累積数を曲線に当てはめるのが典型的なやり方である。しかし、入手が広がっても、入手した組織で実際の利用が広がるとは限らない。彼らは、入手の累積と実際の展開の累積とのあいだに開いていく差を同化ギャップと呼んだ(第1節)。彼らが分析した米国の組織では、1993年までにCASEツールを入手した組織は42%だったが、新規開発の25%以上で使うまで展開した組織は7%にとどまった(第4.2節、第5.1節)。このような差があるとき、入手の累積だけに基づく分析は普及の見かけの姿を示し、技術の将来について判断を誤らせうる(第1節)。そのため彼らは、入手に代えて、あるいは入手に加えて、展開を測るべきだとする(第7節)。ただし著者たち自身も、何年も前の出来事の時期を管理者の回想に頼ったことや、展開の基準などがいくぶん恣意的であることを限界に挙げている(第6.4節)。一方で、基準のうち二つの値を変えた感度分析では結果は変わらなかったとも述べている(第6.4節)。
採用した後の過程も手薄である。Greenhalgh et al. (2004, p. 617) が検討した200本を超える実証研究のうち、採用した後にやめること(中止)をはっきり目的に掲げ、前向きに追跡して調べたものは1本だけだった。採用者が自分の必要に合わせてイノベーションを作り変える「再発明」も、採用を容易にするとされながら、ほかの標準的な性質ほど広くは引用されてこなかった(pp. 596–597)。それでも Greenhalgh et al. (2004, p. 614) は、イノベーションの性質の一覧を、採用の成功を保証はしないが予測する有用なものと評価している。そのうえで、性質についての研究はこれ以上おそらく必要ないとしている(p. 616)。
研究上の位置づけ
出典
- 原典Rogers, E. M. (1962). Diffusion of innovations. Free Press.
- Fichman & Kemerer (1999). The illusory diffusion of innovation: An examination of assimilation gaps. Information Systems Research. ↗
- Greenhalgh, Robert, Macfarlane, Bate & Kyriakidou (2004). Diffusion of innovations in service organizations: Systematic review and recommendations. Milbank Quarterly. ↗
- Rogers (2002). Diffusion of preventive innovations. Addictive Behaviors. ↗
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