理論・視点

イノベーションからの利益獲得Profiting from Innovation

原典と照合済み本文の根拠にした文献は出典に記載(照合の手順)

一言で言うと

新しい技術を最初に生み出した企業が、必ずしもその利益を得られるとは限らない。誰が利益を手にするかは、模倣のしやすさ、支配的な設計が定まっているか、製造や販売などの補完的資産を誰が持つかで決まる、とする理論。

目次
説明したい問いなぜイノベーションを最初に生み出した企業が負け、後から来た模倣者や補完的資産の持ち主が利益を得ることがあるのか。

この理論で考えられる身近な疑問

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中核的な問い

画期的な技術を開発した企業が、市場では後発企業に負けてしまうことがある。技術で先行することと、そこから利益を得ることは別の話である。では、イノベーションの利益は誰のもとに流れるのか。そして革新者はどう手を打てばよいのか。

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主張とメカニズム

Teece (1986) は、イノベーションから利益を得るのが、最初に市場に出した企業か、追随する企業か、革新者が必要とする関連の能力を持つ企業かを決める要因を示す枠組みを提案し、その土台として三つの要素を置いた。第一は「専有可能性の体制」である。特許などの法的な保護が強いか、技術の知識が言葉にしにくく真似されにくいかによって、模倣への守りの固さが決まる(Teece, 1986)。第二は「支配的デザイン」である。Teece (1986) は、産業の技術的な発展についての先行研究に拠って、次のように述べる。産業の初期には製品の設計が流動的で、互いに大きく異なる設計どうしが競う。市場での多くの試行錯誤を経て、やがて一つの設計か、ごく狭い範囲の設計が有望なものとして現れる。支配的デザインが現れると、競争は設計から価格へと移り、規模の経済と学習がずっと重要になる。製品の設計が安定すると、製造コストを下げるための工程のイノベーションも増えやすい。

第三は「補完的資産」である。製品を市場に届けるには、製造設備、販売網、アフターサービスなどが要る。Teece (1986) によれば、守りが弱く、支配的デザインが定まった段階では、補完的資産を利用できるかどうかが決定的に重要になる。とくに重要なのは、どこでも手に入る汎用の資産ではなく、その革新に特化した資産である。流通網や特化した製造能力などを押さえている企業は、革新者より有利な立場に立つ。そのため革新者は、必要な補完的資産を自社で持つか(統合)、他社と契約や提携で結ぶかを、模倣のされやすさや資産の特殊性を踏まえて選ぶ必要がある。Teece (2006) によれば、原典の判断基準は「迷ったら外部に任せる」というもので、内部化を勧めるのは、資産が技術と共特化していて外部に頼ると取引費用がかさむ場合と、イノベーションによって価値が上がりそうな補完的資産や、事業を進めるうえで重要な補完的資産を自ら築くか買うかして、専有可能性を補う場合に限られていた。

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身近な例

小さなスタートアップが新しい家電のアイデアを形にしても、大量生産の工場や全国の販売網を持つ大手がすぐに似た製品を出せば、売上の多くは大手に流れる。スタートアップが大手と提携したり、買収を受け入れたりするのは、補完的資産を自前で持てないという事情が大きい。

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主要概念

専有可能性の体制(appropriability regime)
企業や市場の構造を除いた環境要因のうち、革新者がイノベーションから生まれる利益を獲得できるかどうかを左右するもの。主な次元は、技術の性質と、法的な保護の有効性である。
補完的資産(complementary assets)
製造、流通、サービスなど、技術を商品として届け、利益に変えるために必要な資産。
支配的デザイン(dominant design)
市場での競争と試行錯誤を経て現れ、事実上の標準となる、ある製品分野の設計。
共特化資産(cospecialized assets)
技術と資産が互いに依存しあい、片方だけでは価値が下がる資産。
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代表的な展開研究

  • Teece, D. J. (2006). Reflections on “Profiting from innovation”. Research Policy. DOI ↗発表から20年を経て、著者自身が原典の影響と限界を振り返った。
  • Teece, D. J. (2018). Profiting from innovation in the digital economy: Enabling technologies, standards, and licensing models in the wireless world. Research Policy. DOI ↗デジタル経済での価値獲得にはプラットフォームとエコシステムの理解が欠かせないとし、基盤技術のライセンスや標準化の問題に枠組みを広げた。
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批判と境界条件

原典の限界の多くは、Teece 自身が20年後の論文で挙げている(Teece, 2006)。第一に、原典は分析を単純にするために一つの発明だけを想定しており、マイクロエレクトロニクスやバイオテクノロジーのように多数の発明や知的財産が関わるのが普通の産業では、技術ライセンスの扱いが単純すぎた(p. 1141)。第二に、ドミナント・デザインには注目したが、標準や標準化団体の役割と、それらと知的財産権の関係は十分に論じなかった。知的財産の保護も、時間とともに変わるものとしては扱っていなかった(p. 1134)。

第三に、Teece が「おそらく最大の弱点」と呼ぶのは、ビジネスモデルの扱いが狭く機械的だったことである(p. 1142)。このほか、合理的選択の枠組みで書かれていて組織内の意思決定の現実は扱っていないこと、資金調達や、規制当局・教育機関・裁判所などの制度の役割を意図的に外したことも認めている(p. 1140)。また、個々のイノベーションの商業化の判断を扱う枠組みであり、持続的な競争優位をどう築くかは説明しない、としている(p. 1144)。原典は、誰が利益の大半を得るかを予測する反証可能な理論だが、その包括的な検証はまだ行われていないとも述べている(p. 1138)。

Teece (2018) は、デジタル経済でイノベーターが価値を獲得するには、産業経済とは違う課題があり、プラットフォームとエコシステムの理解が欠かせないと述べた。とくに多くの産業で使われる基盤技術(enabling technology)では、関係する補完的資産をすべて所有することは現実にはできない。補完的資産は、価値を獲得する手段であるだけでなく、技術が機能するためにそもそも必要なものになることがある(p. 1367)。

さらに Pisano (2006) は、原典が専有可能性の体制を所与として扱った点を問題にした。原典では、体制は特許の範囲や強さといった法的な力と模倣のしやすさという技術の性質で外生的に決まり、企業の課題はその体制のもとで最適な補完的資産の持ち方を選ぶことだった (p. 1128)。Pisano は、体制はしだいに企業自身の戦略に左右されるようになり、企業が補完的資産の持ち方を前提に、その価値が最大になるよう体制の側を形づくることもあると述べる (p. 1128)。例に挙げるのが Merck である。同社は1994年、発現したヒト遺伝子の配列を公開するデータベースをワシントン大学とつくると発表した。表向きの目的は生物医学研究の促進で、Pisano も公益の面は否定しない。しかし同時に、遺伝子が私有化されて自社の将来の研究が妨げられるのを防ぐという戦略的な動機も見てとれる、と述べる (p. 1128)。

ここから Pisano は、知財戦略をめぐる議論で一般に置かれている、利益を求める企業は常により強い保護を望むという想定に、補完的資産の理論と原典の枠組みから見ると誤りがあると指摘する (p. 1129)。川下に強い補完的資産を持つ企業には、川上の知的財産を弱めようとする強い誘因がありうる。その資産の価値は、体制が弱いほうが高いからである。Pisano はこれを原典の理論と整合的だとする (p. 1129)。オープンソースも同じ構図で、サーバー用 OS がコモディティになれば、ミドルウェアやアプリケーション、ハードウェア、サービスに強い企業は得をしうる (p. 1129)。そのうえで Pisano は、体制がどう生まれ、どう変わるかは戦略論ではまだ深く研究されていないとし、企業は弱める方向にも強める方向にも、体制をどこまで自社に有利に形づくれるのか、そのためにどんな手段があるのかを今後の問いとして挙げている (p. 1129)。

研究上の位置づけ

原典Teece, D. J. (1986)
Profiting from technological innovation: Implications for integration, collaboration, licensing and public policy
分類モデル・枠組み
地図の区画戦略
分析単位組織
理論系譜経済学
REFERENCES

出典

本ページは学習用の要約です。正確な引用や議論には原典を確認してください。