市場志向Market Orientation
原典と照合済み本文の根拠にした文献は出典に記載(照合の手順)
一言で言うと「顧客を大切にする」というマーケティングの考え方を、組織の具体的な活動として捉え直し、市場の情報を集め、部門間で共有し、それに組織全体で対応する度合いとして捉えるべきだ、とする理論。
目次
中核的な問い
マーケティングの教科書は昔から「顧客のニーズから出発せよ」と説いてきた。この考え方をマーケティング・コンセプトという。しかし、それを組織が実際に実行しているとはどういう状態なのかは、はっきりしていなかった。顧客重視を掛け声で終わらせず、観察できる活動として捉えるにはどうすればよいのか。
主張とメカニズム
Kohli & Jaworski (1990) は、市場志向を「現在および将来の顧客ニーズにかかわる市場インテリジェンスを組織全体で生み出し、そのインテリジェンスを部門をまたいで広め、それに組織全体で応えること」と定義した。市場志向とは、マーケティング・コンセプトを実行に移した状態を指す。市場インテリジェンスとは、顧客が口にする要望だけでなく、競合や規制など、顧客のニーズに影響する外部の要因についての情報も含む。また、情報を集めるのはマーケティング部門だけの仕事ではなく、組織の全部門が関わるとした。市場志向は「あるか、ないか」ではなく、程度の問題として捉えられる。
二人は、既存の文献の検討と、さまざまな職能や組織の管理者へのインタビューをもとに、市場志向を左右する要因と、市場志向がもたらす結果を、検証すべき命題の形で整理した。市場志向を左右するものとして、経営トップの姿勢、部門間の対立やつながり、組織の仕組み(公式化、集権化、報酬制度など)を挙げた。市場志向の結果としては、事業の成果、従業員の意欲やまとまり、顧客の反応を挙げた。さらに、市場志向と成果の関係は、競争の激しさ、顧客の好みの変化の速さ、技術変化の速さ、景気といった環境条件によって変わりうると考えた。
同じ1990年に、Narver & Slater (1990) も市場志向を論じたが、定義は異なる。彼らは市場志向を、買い手に優れた価値を生み出すのに必要な行動を最も効果的かつ効率的に生む組織文化として捉え、それが顧客志向・競合志向・部門間の調整という三つの行動の要素と、長期的な視点と利益という二つの判断基準からなると考えた。Kohli & Jaworski の定義は、情報の生成・普及・対応という活動に注目する点が特徴であり、両者は区別して読む必要がある。
身近な例
たとえば、ある家電メーカーで、営業担当者が「最近、一人暮らしの客から小さい冷蔵庫の問い合わせが増えている」と気づいたとしよう。この情報が営業部の中だけで止まれば、会社は動けない。市場志向の高い会社では、この気づきが開発部や生産部にも伝わり、競合の動きや人口の変化といった他の情報と合わせて検討される。そして、新しい製品の企画や販売の方法の見直しという形で、組織として対応がとられる。
主要概念
- マーケティング・コンセプト(marketing concept)
- 顧客のニーズを満たすことを企業活動の出発点に置くべきだという経営の考え方。
- 市場インテリジェンス(market intelligence)
- 顧客の現在と将来のニーズ、およびそれに影響する競合や規制などの外部要因についての情報。
- インテリジェンスの普及(intelligence dissemination)
- 集めた市場の情報を、部門の垣根を越えて組織の中で共有すること。
- 対応性(responsiveness)
- 市場の情報にもとづいて、標的市場を選んだり製品を設計・提供したりする形で、組織が実際に行動すること。
代表的な展開研究
- Jaworski, B. J., & Kohli, A. K. (1993). Market orientation: Antecedents and consequences. Journal of Marketing. DOI ↗原典で示した命題の一部を、事業単位の管理者を対象とした二つの全国サンプルで検証した。市場志向は、判断にもとづく業績評価や従業員の組織コミットメント・団結心と関係したが、市場シェアとは関係せず、環境条件による調整効果も支持されなかった。
- Kirca, A. H., Jayachandran, S., & Bearden, W. O. (2005). Market orientation: A meta-analytic review and assessment of its antecedents and impact on performance. Journal of Marketing. DOI ↗多数の研究を統合するメタ分析により、市場志向の先行要因と成果への影響を検討した。
批判と境界条件
Kohli & Jaworski (1990, p. 14) は、多くの文献がマーケティング・コンセプトをどこでも通用する考え方とみなしてきたのに対し、インタビューから、市場志向の成果への効果が小さくなりやすい環境条件を引き出した。競争が限られている、市場の好みが安定している、技術の変化が激しい、景気がよい、といった条件では、市場志向は成果と強く結びつかないかもしれないという (p. 15)。市場志向には資源が要るので、得られる便益がその費用を上回るときにだけ役に立つ、とも述べている (p. 15)。ただし、これらは検証前の命題である。著者らは、研究の目的は理論の検証ではなく構築であり、尺度の開発と命題の実証は今後の課題だとした (pp. 16–17)。
Jaworski & Kohli (1993) は、二つの全国サンプルでこれらの命題の一部を検証した。景気を除く三つの条件(顧客の構成や好みの変化の激しさ、競争の激しさ、技術の変化の激しさ)について、条件の高低で標本を二つに分け、市場志向と成果の関係を比べた (pp. 57, 62)。その結果、どちらの標本でも差は統計的に有意でなく、調整効果の仮説は一つも支持されなかった (p. 64)。著者らはこれを、市場志向と成果の結びつきが環境の違いにかかわらず頑健だということだと解釈し、管理者は市場志向を高めるよう努めるべきだと結論した (p. 64)。一方で、標本が小さく検定の力が足りなかったり、尺度の信頼性が十分でなかったりしたために、実在する効果を見逃した可能性も認めている (p. 64)。
成果との関係についての結果は、著者ら自身が「やや混じった支持」と呼ぶものだった (Jaworski & Kohli, 1993, p. 64)。市場志向は、判断にもとづく全体的な業績の評価とは有意に関係したが、市場シェアとは関係が見られなかった (p. 63)。著者らは、集中戦略をとる企業のようにシェアが業績の指標として適切とは限らないこと、効果が長い時間をかけて現れるなら横断的な調査では捉えられないことを挙げ、判断による指標の結果をより信頼するとした (p. 64)。また、データは各事業単位の上級管理者から得たもので、より幅広い回答者から集めれば回答者の階層による偏りを小さくできる、と述べている (p. 65)。
Christensen & Bower (1996) は、ハードディスク業界の研究で、顧客の要望に沿った資源配分が有力企業の失敗につながる過程を示した。既存企業は、既存顧客のニーズに応える技術なら急進的なものでも開発を主導したが、当初は新しい市場でしか使えない単純な技術では後れをとった (p. 197)。二人は、企業は顧客の声を聞きすぎるから地位を失うと述べた (p. 198)。これに対し Slater & Narver (1998, pp. 1001–1002) は、この議論は「顧客主導」と「市場志向」を混同していると反論した。顧客主導は、顧客が表明した要望に短期的・受け身で応える考え方であり、市場志向は、表明されない潜在的なニーズまで理解しようとする長期的・先取り的な考え方だという。市場志向の企業は、いま重要な大口顧客ではなく先進的なニーズを持つリード・ユーザーと組み、まだ顧客でない市場も探すとした (p. 1003)。そして、市場志向をめざせという助言は市場の条件にかかわらず妥当だと主張した (p. 1001)。
研究上の位置づけ
出典
- 原典Kohli, A. K., & Jaworski, B. J. (1990). Market orientation: The construct, research propositions, and managerial implications. Journal of Marketing. DOI ↗
- Narver & Slater (1990). The effect of a market orientation on business profitability. Journal of Marketing. ↗
- Christensen & Bower (1996). Customer power, strategic investment, and the failure of leading firms. Strategic Management Journal. ↗
- Slater & Narver (1998). Customer-led and market-oriented: Let's not confuse the two. Strategic Management Journal. ↗
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