研究法

理論化と問いの立て方Theorizing and Research Questions

理論はどう生まれるのか。科学哲学は長く、理論を考え出す「発見の文脈」より、理論を検証する「正当化の文脈」を重視してきた。理論化の手順、先行研究の隙間を埋める問いと前提を疑う問いの違い、文献そのものから理論をつくる方法を紹介し、理論化を重んじすぎることへの指摘も併せて示す。

この項目が扱う問い新しい理論や研究の問いは、どうやって生まれるのか。
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理論と、理論化

理論についての議論の多くは、完成した理論をどう評価するかを扱ってきた。Swedberg (2012, p. 2) は、これと区別して理論化に目を向ける。理論化とは理論を生み出すためにすることで、理論化はおもに過程、理論はその最終産物である(p. 2)。Swedberg の言い方では、理論化が生きているものだとすれば、理論は死んだ理論化である(p. 15)。

科学の営みを、理論化から理論へ、理論からその検証へ、という三つの要素とみると、戦後の社会科学がきちんと扱ってきたのは後の二つだけだった(Swedberg, 2012, p. 4)。Shepherd & Sutcliffe (2011, p. 362) も、理論化の過程をもっと明示的に描き、検証から切り離さなければ理論は良くならない、という Weick (1989) の言葉を出発点にしている。この項目の姉妹編として、推論の型を扱った項目と、理論とは何かを扱った項目がある。

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発見の文脈と、正当化の文脈

科学哲学には、発見の文脈正当化の文脈という区別がある。Swedberg (2012, p. 3) によれば、二つの言葉をつくったのは Reichenbach で、Popper が主著でそれを広めた。Reichenbach は、発見の文脈を思考が主観的に行われる形、正当化の文脈を思考が他人に伝えられる形と定義した(Swedberg, 2012, p. 4)。Popper は、理論の検証より前にあるものはすべて科学や論理にとって関心の外で、「経験心理学」に属すると論じた(同 p. 4)。

Swedberg は、法廷のたとえで説明している。発見の文脈では犯人が誰かを突き止め、正当化の文脈では法廷でそれを証明しなければならない(p. 6)。理論を考え出すときに大事なのはおもに創造性で、正当化では科学の論理と厳密さである(p. 6)。

ただし、この区別は長年批判されてきており、広く受け入れられているとは言いがたい(Swedberg, 2012, p. 3)。Swedberg 自身も、二つが正反対だとか、研究の過程の本質を要約しているとは考えておらず、議論の出発点として使うだけだと断っている(p. 3)。推論の型の項目で紹介した Timmermans & Tavory (2012) は、Peirce は発見と正当化を切り離せない契機として扱った、と紹介している。

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理論化の手順:予備研究から

Swedberg (2012, p. 9) は、研究の過程を、想像力を使って理論化する初期の段階と、専門職の規則に従って本来の研究を行う後の段階の二つに分ける。前者を予備研究、後者を本研究と呼ぶ(p. 10, 図1)。予備研究は、発見の文脈に焦点を当てる点で、方法を試すパイロット研究とは違う(p. 8, 注8)。

予備研究での理論化の基本ルールとして、Swedberg (2012, p. 17, 図2) は四つを挙げる。観察し、面白いものを選ぶ中心となる概念に名前をつけて定式化する理論を肉づけする説明を含めて暫定的な理論を仕上げる、である(p. 17)。観察の段階のルールは、「何でもあり」と、「考えるな、見よ」(Wittgenstein)である(pp. 11–12)。理論化の全体の目標は、新しい考え、つまり Peirce の言うアブダクションにたどり着くことだとされる(p. 17)。

肉づけの道具として、Swedberg はメタファー、アナロジー、類型や2×2の表、理念型、モデル、社会的メカニズムを挙げている(pp. 23–28)。社会科学でよく知られた例に、社会を契約に(Rousseau)、社会生活を劇場に(Goffman)、都市を生態系に(Park と Burgess)たとえたものがある(p. 23)。

ただし Swedberg は、理論化を、いつも従うべき明示的なルールの集まりに還元することには警告している(p. 16)。二つの段階の区別は初心者のためのもので、熟練した研究者では、二つはしばしば混ざり合う(p. 8)。理論化を学ぶのは方法を学ぶのと同じで、読むことではなく使うことによる(p. 29)。

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規律ある想像力:Weick の理論構築のモデル

Weick (1989) は、理論化の過程をもっと明示的に描くことを試みた論文である。理論は理論化の過程を改善しなければ良くならず、理論化の過程は、それをもっと明示的に描き、もっと自覚的に行い、もっと意図的に検証から切り離さなければ良くならない(p. 516)。Weick によれば、理論家は理論を組み立てるとき、想像上の実験を設計し、実行し、解釈しており、その活動は進化の三つの過程、つまり変異・選択・保持に似ている(p. 519)。ただし選択をするのは自然ではなく理論家なので、理論化は自然選択より人為選択に近い(p. 519)。「規律」は試行錯誤の思考に選択の基準を一貫して当てはめることから、「想像力」は問題の記述、思考試行、選択の基準に意図的に多様さを持ち込むことから生まれる(p. 516)。

理論の質は、きっかけとなる問題の記述の正確さと詳しさ、問題を解こうとする推測(思考試行)の数と互いの独立性、推測を試す選択の基準の数と多様さによって変わる、と Weick は予測する(p. 516)。推測は多くの場合「もし〜なら」の形をとり、多様な推測を数多く生む過程のほうが、少数の似通った推測しか生まない過程より良い理論を生む(p. 522)。選択の基準として、推測が面白いか、当たり前か、つながっているか、信じられるか、美しいか、現実的か、の六つを論じ(p. 524)、ほかにも多くの基準があると断っている(p. 528)。基準は一貫して当てはめる必要がある。推測を試すたびに基準を変えれば、どの推測も何かの基準は満たすので、ほとんど何も捨てられず、理解も積み上がらない(p. 523)。

Weick の主張で最も議論を呼ぶのは、理論構築の段階ではもっともらしさが妥当性の代わりになるという点である(p. 525)。Weick は、検証は社会科学の中心の仕事ではない、できるならそうかもしれないが、私たちにはできないし経済学者にもできない、と書く(p. 524)。推測を過去の経験を蒸留した前提と照らし合わせると、「面白い」「ばかげている」「無関係だ」「当たり前だ」の四つの反応のどれかが返ってくる。Weick は、これらが有意性の検定にあたり、妥当性の代わりの役目を果たすとした(p. 525)。

Weick 自身、反対の立場を並べている。Campbell (1961) の言葉を引き、検証に費用がかかるなら常識を土台にした理論的な統合で代わりに試すことは予備段階としてはありうるが、それですべてを担うことはできず、最終的には実験による対決が必要だ、という見方を紹介している(p. 524)。また、選択の基準が自己の利害にすり替わる危険も指摘する。「面白い」から「自分に都合がいい」へ、「信じられる」から「経営者が聞きたいこと」へは、紙一重だという(p. 528)。そして、頭の中で推測を試すことは理想的とはいえない手続きであり、問題はそれをするかどうかではなく、それをどれだけうまく使って理論的な思考の質を高められるかだ、と結んでいる(p. 529)。

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問いの立て方:隙間を埋めるか、前提を疑うか

研究の問いをどこから得るかも、理論化の重要な部分である。Alvesson & Sandberg (2011, p. 249) によれば、経営学で最も支配的なのは、既存の文献の隙間を見つけたりつくったりして、それを埋める問いを立てるやり方(gap-spotting)である。著者らが紹介する先行研究では、ASQ と AMJ の質的研究82本のうち8本を除くすべてが、既存文献の不完全さや見落としを隙間として示していた(p. 249)。隙間を埋める研究では、既存の文献の前提は、ほとんど問われないままになる(p. 247)。ただし著者らは、隙間を埋める研究が重要でないとは言っておらず、既存の文献を体系的に少しずつ発展させるうえで決定的な役割を果たすと認めている(p. 251)。

代わりに提案したのが、既存の文献の前提を特定して疑い、それをもとに問いを立てる問題化(problematization)である(p. 247)。疑う前提は、深さと範囲によって五つに分けられる(pp. 254–255)。ある学派の内部で共有された前提、対象についてのより広いイメージ(たとえば組織を統一された文化とみる見方)、存在論・認識論・方法論の前提(パラダイム)、政治的・道徳的な前提(イデオロギー)、複数の学派にまたがって共有された前提(たとえば人間は合理的に意思決定するという前提)である(pp. 254–255)。イデオロギーの前提を問い直した例として、「なぜ労働者はもっと働かないのか」を「なぜ人はこれほど働くのか」に置き換えた Burawoy の研究が挙げられている(p. 255)。

手順としては、文献の領域を決める、その前提を特定して言葉にする、前提を評価する、別の前提を立てる、それを読み手との関係で考える、別の前提を評価する、の六つの原則を示している(p. 256)。順番は説明のためで、実際の過程はずっと行きつ戻りつする(p. 256)。評価の目安として Davis (1971) を引き、新しい前提は「当たり前だ」と「ばかげている」のあいだにあって、はじめて「面白い」と受け取られるとする(p. 259)。

著者らは問題化の限界も認めている。問題化を続けすぎると、疲れと前向きな成果の不足を招く(p. 266)。既存の文献を部分的に土台にしつつ前提を疑う組み合わせのほうが、純粋主義より実りが多いだろうという(p. 266)。また、隙間埋めが支配的だという証拠は、論文での見せ方にもとづいており、研究者が実際にどう問いを立てたかとは違うかもしれない(p. 250)。

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「面白い」とは何か:Davis の分析

Davis (1971) は、理論家が偉大とされるのは理論が真だからではなく、面白いからだ、という挑発的な主張から始まる(p. 309)。面白い理論とは受け手の前提の一部を否定するもので、面白くない理論とは受け手の前提を肯定するものである(p. 309)。Davis が調べた面白い命題は、どれも「X に見えるものは実は X でない」という形に言い換えられた(p. 313)。その論理的な形は、単一の現象の性格づけにかかわるもの(7型)と、複数の現象の関係にかかわるもの(5型)の、あわせて12に分かれる(p. 313)。たとえば、関係がないと思われていた現象が実は関係している(喫煙と病気の相関が最初に報じられたとき、人々が関心をもったのはそれまで関係がないと思っていたからだ、p. 323)、原因と思われていたものが実は結果である、といった型である(pp. 322, 326)。

面白くない命題には三つの種類がある(p. 327)。前提を肯定するもの(「当たり前だ」)、前提のどこにも触れないもの(「無関係だ」)、前提の全体を否定するもの(「ばかげている」)である(p. 327)。Alvesson & Sandberg (2011) は Davis の反応を三つとして使ったが、Davis の原文では「面白い」を含めて四つあり、「無関係だ」は「ばかげている」とは別のものである。結論部で Davis は、面白い命題は受け手が弱く抱いている前提を否定するもので、強く抱いている前提を否定しようとすれば正気を疑われる、と前提の強さでも説明している(p. 343)。命題が面白いかどうかは、つねにある受け手の前提との関係で決まる(p. 328)。そのため、文献のレビューの目的は、儀式として文献を並べることではなく、受け手の前提を言葉にすることにある、と Davis は注で書いている(p. 344, 注5)。

Weick (1989, p. 525) は、Davis の議論はしばしば日和見的で派手な理論化の勧めとして読まれるが、過去の理解が妥当かを診断する道具として読むこともできる、と述べている。Davis 自身も限界を認めている。面白さの索引は決定版ではなく(p. 334)、各命題がどれほど面白いかを正確に測ってもいない(p. 312)。索引を体系的にしようとするほど面白くなくなることに気づき、面白くあることと体系的であることは、たいていどちらかを選ぶしかない、と書いている(pp. 340–341)。また、真理は理論の影響力とほとんど関係がないという主張(p. 309)は、Miller & Tsang (2011) のように理論の検証を重んじる立場とは対立する。

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文献そのものをデータとして読む

Shepherd & Sutcliffe (2011) は、理論化の出発点を文献に置くか生のデータに置くかで、トップダウンとボトムアップを区別した。文献から出発する従来のやり方は、文献の中の緊張や矛盾を見つけて解決を図るが、その緊張をどう発見するかについては沈黙している(pp. 361, 363)。そこで著者らは、論文や本や発表など、研究共同体の集合的な知識をデータとして帰納的に読む「帰納的トップダウン理論化」を提案した(p. 362)。先入観を少なくして文献に向き合い、全体的な印象(gist)から注意を向ける点を見つけ、生まれつつある概念とその印象を絶えず比べる(pp. 362, 371)。

この方法は、一人の研究者が把握しきれないほど広い文献の中の逆説を理解し解くのに最も向いており、狭く、安定し、単純で、よく統合された文献には向かない(p. 374)。生まれた理論の貢献を見る目安として、より広い、より単純、つながりが明示的、対抗する説明が少ない、の四つを挙げている(p. 373)。著者ら自身、特定の分野や方法の訓練を受けた研究者が先入観を脇に置くのは難しいことを、限界として認めている(p. 374)。

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理論化を重んじすぎていないか

理論化を重視する議論には、反対の方向からの指摘もある。Miller & Tsang (2011, p. 139) は、経営学の研究者は理論を検証することより、理論を構築することに注意を向けてきたと論じ、その例に理論化を論じた Weick (1989) を挙げている。社会学について方法に比べて理論が遅れていると見る Swedberg とは、現状の見方が逆である(ただし分野が違う)。Alvesson & Sandberg (2011, p. 259) が、問題化の成功を最終的に示すのは厳密さや実証の支持よりも「これは面白い」という経験だとするのに対し、Miller & Tsang は理論の厳密な検証を求めており、力点が対立している。理論は多すぎるかという論争は、理論とは何かの項目で紹介している。

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論文を読むときの目安

第一に、研究の問いがどう立てられているかを見る。「先行研究には〜が欠けている」という隙間の指摘なのか、既存の研究の前提を疑う問いなのかで、得られる知見の性格が違う(Alvesson & Sandberg, 2011)。第二に、隙間の指摘そのものが、どんな前提を当然視しているかを考える。第三に、論文に書かれた理論化の過程は、実際の過程を再構成したものであることを忘れない(推論の型の項目を参照)。

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主な文献

  • Swedberg, R. (2012). Theorizing in sociology and social science: Turning to the context of discovery. Theory and Society. DOI ↗発見の文脈に目を向け、予備研究での理論化の四つの基本ルールを示した。
  • Alvesson, M., & Sandberg, J. (2011). Generating research questions through problematization. Academy of Management Review. DOI ↗隙間埋めに代わり、既存の文献の前提を疑って問いを立てる問題化を提案した。
  • Shepherd, D. A., & Sutcliffe, K. M. (2011). Inductive top-down theorizing: A source of new theories of organization. Academy of Management Review. DOI ↗文献そのものをデータとして帰納的に読み、理論をつくる方法を示した。
  • Miller, K. D., & Tsang, E. W. K. (2011). Testing management theories: Critical realist philosophy and research methods. Strategic Management Journal. DOI ↗経営学は理論の構築に比べて検証が手薄だとし、検証の手順を示した。
  • Weick, K. E. (1989). Theory construction as disciplined imagination. Academy of Management Review. DOI ↗理論構築を人為選択になぞらえ、理論構築の段階ではもっともらしさが妥当性の代わりになるとした。
  • Davis, M. S. (1971). That's interesting! Towards a phenomenology of sociology and a sociology of phenomenology. Philosophy of the Social Sciences. DOI ↗面白い理論は受け手の前提の一部を否定するものだとし、面白い命題を12の型に分けた。
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批判と境界条件

この項目の根拠にも限界がある。Swedberg (2012, p. 34) は、例のほとんどを社会学から取っていること、予備研究から本研究への移り方はまだよく分かっていないこと、予備研究で集めたデータが誤りに導きうることを認めている。Swedberg の授業の方法は15人程度までの院生向けで、大人数の学部の授業でどう行うかは分からないとしている(p. 32)。Alvesson & Sandberg (2011, p. 267) は、自分たちの方法が問題化の成功を保証するものではないと断っている。Davis (1971, p. 310) は、分析の対象を有名な社会学の理論に限り、他の社会科学や自然科学への一般化は今後の課題としている。Weick (1989, p. 529) は、理論家は限定合理的な頭の中で小さな進化の仕組みを回すことを求められ、負荷が大きいと認めている。隙間の立て方の類型を示した Sandberg & Alvesson (2011) は、この項目では原文を読んでいない。

研究上の位置づけ

分類Philosophy of science
地図の区画組織・意思決定
分析単位個人
理論系譜認知 · 社会学
REFERENCES

出典

本ページは学習用の要約です。正確な引用や議論には原典を確認してください。